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青の邂逅

「魔法の系統を発展させた近接用の戦闘術を武技と申します」

「うぃるがつかっちゃだめなやつー?」

「そうです。武技は体が成長しないと危険ですので」

「むぅ……」


 眉根を寄せて見上げてくるウィルの頭をレンが優しく撫でながら諭す。


「ウィル様はトマソンさんの雷速瞬動を覚えていらっしゃいますか?」

「うん」

「あれも武技の一つです。ウィル様は真似て失敗したと聞いておりますが……」

「うん、ありさんにぶつかっちゃった」


 王都での魔獣騒動の折、ウィルはトマソンの雷速瞬動を真似て失敗し、ジャイアントアントに頭から突っ込んだ。その時は何とか事なきを得たわけだが、報告を受けたトルキス家の人間は全員頬を引きつらせた。ウィルはその気になれば武技も真似て使用可能にしてしまうのである。

 しかし、身体を強化するブースト系の魔法などはウィル自身の体がまだまだ弱く使いこなせない為、ウィルも自身の強化にあまり使わない。霧の属性魔法【朝霧の水鏡】でクレイマンを強化する時くらいだ。

 自分の失敗を引き合いに出されて、ウィルが恥ずかしそうに顔を隠す。


「自分自身を強化して戦闘を有利に進める術ですから、今のウィル様に使えなくてもしょうがないのです。今後、ウィル様が大きくなられて、どのように戦っていくのか決まってから覚えるべきものですので。今は魔法だけで我慢なさってください」

「こんごにきたいします」


 ウィルは何とか理解したようだ。言葉はともかく、うんうん頷いている。

 レンはそんなウィルに目を細め、今度はルーシェに向き直った。


「それで……なにか、取っ掛かりのようなものは想いつきましたか?」

「あぅ……それが……」


 ルーシェはすまなさそうに肩を縮めた。

 本当に最初からつまずいているのである。原因は水属性の身体強化の恩恵が全般的な魔力向上である、という点だ。この恩恵、遠距離主体の魔法使いにはとても有利な能力と言える。ブーストを伴った魔法の威力は他の属性魔法の威力と比べても大きく、攻守共に優位に立ちやすい。

 しかし、接近戦になると他の属性に比べて身体強化のメリットが薄れてしまう。全体的な身体強化や持続時間、障壁の硬度は上がるものの、突出して秀でている力がないのだ。そこから武技に発展させようとしても強くなるイメージがわかないのも致し方ない。


「水属性で何ができるのか……それすら思いつかない状態で」

「ふむ……」


 レンが唇に指を当てて思案する。

 ルーシェも属性魔法は使える。だが、それを武技に落とし込むには水属性の性質をもっと理解する必要がありそうだ。


「わかりました!」


 静かに話を聞いていたウィルが突然自信に満ちた声を上げる。レンたちにも解決の糸口がない以上、ウィルの話を聞かないわけにはいかない。

 レンが屈んでウィルと視線を合わせた。


「何が分かったのですか、ウィル様?」

「よくわかんないことがわかりました!」


 つまり、分からないと。正直なウィルにレンが胸中で苦笑する。だが、ウィルの言葉には続きがあった。


「わからないことはせーれーさんにきいてみよー」

「それは……」


 ウィルの提案にレンが表情を曇らせる。

 忘れてしまいがちだが、精霊とは元々人間の信仰対象であり、おいそれと相談できる相手ではないのだ。精霊たちがウィルの力になると公言していたとしても、その力に頼り切るのは常識的には難しい。


「あまり精霊様のお手を煩わせるのもどうかと思いますが」

「むー……」


 レンから色よい返事がもらえず、ウィルは唇を尖らせた。


「そんなことないもん。ねる、やさしーからいろいろおしえてくれるもん」


 ウィルにとって水の上位精霊であるネルは水属性の魔法を色々教えてくれた優しい精霊なのである。

 しかし、ウィルは知らない。その大半は当初ウィルの【魔力を目で見て真似てしまう】という能力に疑問を抱いたネルが張り合って色んな魔法を見せてしまったからだという事を。そんなうっかりのおかげでウィルは世界最高峰の回復魔法の使い手になってしまっていた。


「しかし……」

「もー、れんはいつもそーいう」


 乗り気ではないレンの様子にウィルの頬がぷくっと膨れる。それから胸の中に手を入れてルナからもらった月属性のネックレスを取り出した。


「じゃあ、きいてみるもん」

「「「…………?」」」


 レンやルーシェ、モニカの見守る前でウィルはネックレスを耳に当てた。


「もしもしー?」


 数秒待って、ウィルがもう一度独り言のように呟く。


「しもしもー?」


 レンたちから見れば何の反応もないように見えるが、今度は返事があったようでウィルの表情が綻びる。


「うぃる、ちょっとねるにききたいことがあるのー」


 しきりに何かに話しかけるウィルを見て、レンたちは不思議そうに顔を見合わせた。ウィルは一体何をしているのだろうか、と。

 何度かやり取りをしたウィルが最後に「わかったー」と言ってネックレスを耳から離した。


「ウィル様、いったい誰と話していたのです?」


 レンが不思議そうに尋ねるとウィルは嬉しそうな笑みを浮かべた。


「らいあだよー」


 ウィルはネックレスを介して精霊の庭に住む闇の上位精霊であるライアと連絡を取ったらしい。ネックレスにそんな使い道があったとは知らず、レンたちが呆気に取られる中、ウィルはルーシェの手を引いた。


「きょう、ねるがおにわにきてるって。らいあもきていーって」

「「「はぁ……」」」


 訳の分からない状況に放り込まれたレンたちは思わずそれだけを溢し、ウィルの促すまま精霊の庭へ向かうことになった。




『よく来たな、ウィル』

「らいあー」


 トルキス家の地下にある闇属性のゲートを潜るとそこは精霊の庭のライアの住処と繋がっている。

 ウィルは出迎えるライアに駆け寄り、頭を撫でてもらうとネルの姿を探した。


「ねるはー?」

『ネルは庭にいる。今は取り込み中だ』

「とりこみ……おせんたくもの?」

『はっは。精霊は洗濯しないな』


 ウィルの疑問に答えたライアが洞穴の外へと向ける。


『今は来客中でな。少し待っててくれ』

「わかったー。ちょっとみてくるー」


 好奇心が抑えられないのか、ウィルはルーシェとモニカの手を引いて外へと歩き出した。

 そんな三人を見送って、レンがライアに頭を下げる。


「申し訳ございません、ライア様」

『なに、かまわないさ。ウィルから連絡が入った時には少々驚いたが』

「えっ……?」


 顔を上げてきょとんとするレンにライアは呆れの混じった笑みを浮かべた。


『ウィルの授かったネックレス――姉たちに渡したモノもそうだが、あれは一部の精霊が持ち主を認めたという証明する宝具だ。用途として魔力を増幅したり、存在を知らしめる為の感応波を発することはできるが特定の精霊に連絡できるようには作られていない』

「それでは、なぜ……?」


 なぜウィルはライアに連絡をつけられたのだろうか。レンが不思議に思うのも無理はない。しかし、精霊であるライアはすぐにウィルが行ったことを理解した。


『お前たちの家と私の住処は私の作った魔道具で繋がっている。その魔力に感応波を乗せてコンタクトしてきたのだ。驚きもするさ』


 当然ながら普通はそんなことできないし、思いつきもしない。ウィルの型にはまらない想像力と魔力操作が魔道具の性能を用途以上に引き出したのだ。

 話を聞いたレンは軽く頭痛を覚えて額を押さえた。どうやら魔法に加えて魔道具にも注意を払わなければならないらしい。

 深々と嘆息するレンの肩をライアが叩き、『気持ちは分かる』とさりげなく慰めてくれるのだった。



「ねるー?」


 ライアの住処から外に出ると精霊の庭が一望できる。そこかしこで戯れる精霊を見て萎縮するルーシェとモニカを他所に、ウィルはお目当てのネルを探した。


「いたー」


 お目当ての精霊はすぐに見つかった。庭の中央で男と話している。


(だれー?)


 見覚えのない人物にウィルは胸中で不思議そうに呟いた。佇まいは人のそれ。偉丈夫で水色の髪をしており、その身なりは異国の貴族を思わせた。


「どなたでしょうか……?」

「見た事ない人ね……」


 ルーシェもモニカもここに出入りできる人間がトルキス家と所縁のある者だけだと聞いている。なので、その人物がこの場にいる事にすぐ疑問を持った。

 ウィルだけがその人物の正体にすぐ思い至る。


「あれ、げんじゅーさんだ」

「幻獣……?」

「ひょっとして、幻身体というやつですか?」


 二人はフィルファリア王国を守護していると言われている地属性の大幻獣ーーレクスには会ったことがない。しかし、その特徴は報告で聞いている。幻身体とは強力な幻獣が人前に姿を見せる時の仮の姿。しかし、その強さは上位の精霊を軽く凌駕する。

 ルーシェとモニカが呆然とするのも無理のない事であった。

 ややあって、ウィル達に気づいた男が振り向いた。三人の視線と男の視線が交差する。男がふと笑みを浮かべたように見えた。


 次の瞬間――


 ウィルが手を振り上げ、同時にガラスを割ったような衝撃音が精霊の庭に鳴り響いた。


「わっ!?」

「きゃあ!?」


 突然の出来事にルーシェとモニカが悲鳴を上げて身を縮める。

 衝撃音を聞きつけたレンとライアが慌てて住処から飛び出してきた。


「何事ですか!?」


 レンがウィルの傍らで膝をついて顔を覗き込む。その表情は明らかに怒っていた。


「むー!」


 事態に追いつけていないルーシェとモニカが戸惑う中で、頬を膨らませるウィルと笑みを浮かべた男の視線は交差したままであった。


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