ウィルと魔法の勉強会
ご無沙汰セカンドです。
「どうすれば魔法を上手く使えると思う?」
「こきゅーです」
「呼吸……?」
「すーはー、すーはー」
「何で呼吸なの?」
無詠唱魔法に失敗し、質問した貴族の子供がウィルの回答に首をひねる。
ウィルは何度か深呼吸を繰り返してから杖を遠くにある的へ向けた。
「すー、はっ!」
無詠唱で放たれた魔法の矢が見事に的を射抜く。
離れてみていた貴族たちから感嘆の声が上がり、同時に拍手が巻き起こる。
「いきをすいながらまほーをつかうひとはいませんのでー」
「はぁ……?」
ウィルの言いたい事がいまいち理解できず、貴族の子弟がレンを見上げる。
するとレンは笑みを浮かべて助け舟を出してくれた。
「魔力というのは息を吸う時に膨張しやすく、息を吐く時に放出しやすいのです。ですからウィル様は呼吸が大事だと申したのです」
「なるほど……」
息を吸う時に魔力を練ってイメージし、息を吐くと同時に魔法を放つ。最初は数回呼吸する内に一度魔法を放てればよい。それを短くしていけばひと呼吸で無詠唱魔法を放てるようになり、実戦で使えるようになっていく。
「でも、うぃるはちゃんとまほーをいったほーがいーとおもいます!」
「どうしてだい?」
足元ではっきり言い切るウィルの顔をルシアンが覗き込む。
無理に無詠唱で魔法を使うより詠唱した魔法の方が高い威力を発揮するのは周知の事実だ。だが、不意をついたり、緊急時に使用できる無詠唱を覚えるのは悪いことではない。熟練の魔法使いたちも状況によって使い分ける。
ウィルもそういった事情から発言したのかな、とルシアンたちは推測したのだが、ウィルの理由はもっと子供らしいものだった。
「まほーをゆったほーがかっこいいからです!」
自信満々に答えるウィル。
ルシアンが思わず肩を転けさせて苦笑いを浮かべる。周りの子弟からも子供らしいウィルの一面に笑いが溢れた。
秘匿にされがちな魔法の修練であるが、この場は実に和みつつ進行している。
「あの……」
修練が一段落を見るころ、貴族の少女からおずおずと手が上がった。
「何でしょう?」
レンが少女の態度を不思議に思い尋ねる。彼女は特に魔法の修練で躓いた様子はなかったはずだ。
言い出しづらそうに俯いていた少女は頬を染め、遠慮がちにレンを見上げた。
「あの、レン様や【大空の渡り鳥】のお話も聞けたらな、って……」
実のところ、レンに憧れを抱く女性や少女は少なくない。彼女らにとって、レンは強い女の代名詞なのだ。機会があれば話を聞きたいと思っても不思議ではない。
しかし、今はウィルとの魔法教室の最中であり、レンが勝手に話をしていい場面ではなかった。
「困りましたね……」
レンからすれば何かしら話をしてトルキス家に好印象を抱いてほしいところだ。しかし、それをウィルが理解して望むだろうか。ウィルは今、お楽しみ中なのである。
レンがちらりと視線を落とすとウィルは目をぱちくりさせていた。そして何かに気付いたのか、ハッと息を呑む。
「うぃるも、れんのはなしきーたことなかった!」
衝撃の事実、と言わんばかりに固まるウィル。ややあって、ウィルは顎に手を当て、ちらりとレンを見上げた。
「……もしかして、れん、はずかしがりやさん?」
「ふふっ……」
その仕草が愛らしく、レンは思わず目を細めてウィルの頭を撫でた。
「そうですね……私はあまり自分語りが得意ではありません」
「そっかー」
「ですから、【大空の渡り鳥】の話であれば少しだけ……ウィル様も聞きたいですか?」
「とーさまたちのおなかまさん?」
「ええ」
「それはききたい」
こくこくと頷くウィル。その許可を得て、レンは貴族の子弟たちを見回した。
「それでは少し、休憩致しましょう」
「「「はい」」」
レンに促され、子弟たちは予め用意されていた休憩の席へ場所を移した。
【大空の渡り鳥】に関しては噂が噂を呼び、真偽不確かな話題も出回っている。本人から話を聞けるのは大変貴重な事であった。
「そうですね……まず、私たち【大空の渡り鳥】には協力して下さった方が多数いらっしゃいますが構成メンバーは6人です」
そもそも噂が膨れ上がり過ぎて、構成メンバーの数も不確かになっていたりするのだ。心無い者の中には偽りのメンバーを名乗ったりする者もいて、そういった詐欺行為を防ぐ為、に冒険者ギルドは【大空の渡り鳥】のメンバーを公式に発表していた。そんなギルドに対して陰謀説が囁かれる始末である。
「とーさまでしょー、れんでしょー、かるつさんでしょー、やーむさんでしょー……あとは……あと……」
ウィルが覚えのあるメンバーを指折り数えていき、足りないことに気がついてレンを見上げた。
「だれ?」
ウィルの表情に笑みを浮かべたレンが皆に向けて丁寧に説明を加えていく。
「先ず、ウィル様のお父上であるリーダー【飛竜墜とし】の葉山司狼様、【魔法図書】カルツ、【祈りの鎚】ヤーム、そして私がウィル様の知るメンバーですね」
「ほうほう」
ウィルが理解するのを待ってレンが続けた。
「あとの二人は私の師である【百歩千拳】のロン、それから【乱獅子】のライオネルです」
「れんのおししょーさん?」
「はい」
「とーさまはなんでおしえませんでしたか」
ウィルが離れた所で見守る父に視線を向けると、シローは思わず苦笑いを浮かべた。
「シロー様からも基礎的な手解きは受けてますよ、ウィル様。ただ、シロー様の戦闘スタイルである刀術はキョウ国由来の剣技で武器の入手も困難でしたから……自然とロン師匠に教わることになりましたね」
レンがウィルの頭を撫でながらやんわりとフォローする。理由はそれだけではないのだが、今のウィルが知る必要のないことだ。
「武術の天才、【百歩千拳】と師弟関係であるという噂は本当だったんですね」
感心したように相槌を打つルシアンにレンは少し思案するような顔をした。
「ルシアン様、我が師は常々自分は天才ではない、と申しておりました」
「えっ……? そうなんですか!?」
ルシアンも他の子弟たちも驚きを隠せないようであった。
ロンの二つ名【百歩千拳】は百歩行くまでに千の技を繰り出すほど多彩な技を有する事から名付けられている。周りからは自然と天才というイメージを持たれているのだ。
しかし、レンは言う。
「師匠は『俺は自分が何で強いのか、説明できる。だから俺は天才じゃない』と申しておりました。それだけ努力を積み重ねていたのです。そういう意味では私達の中で一番天才的であったのはライオネルだったかと思います」
ライオネルは自分が何で強いのか説明できなかった。幼い頃から戦場に身を置き、生き残る為に独学で戦闘技術を修得した。そこに師はおらず、持ち前の身体能力と戦闘センスのみでテンランカーに名を連ねた。まさに天才である。
「私は良い師に恵まれ、常に努力を続けてきました。武術も魔法も、よく考え積み重ねていくことが大事なのです」
「はーい」
ウィルがみんなを代表するように元気よく手を上げる。そこに反対意見などあろうはずもなく、子供たちはみんな頷いていた。
そんな中、一人の少女の手が上がった。
「はい、どうぞ」
レンが少女を促す。
その貴族の少女は周りの少女たちと恥ずかしそうにやり取りをすると少し頬を染めて切り出した。
「あ、あのぅ……レン様から見て、他の男性メンバーはどうでしたか?」
質問した少女の周りからの黄色い声が上がる。どう、の意味が男性としてどうか、という意味であることを察してレンが少し困った笑みを浮かべた。
レンだけに限ったことではなく【大空の渡り鳥】の人気は高い。冒険者ギルド公認であり、構成員の殆どがテンランカーという実力者。特にシローとカルツはレンとは違う意味で女性人気が高かった。
「そうですねぇ……」
レンが答えに窮していると、横で質問をなんとなく理解したウィルがポンと手を打つ。
「とーさまは、よくれんにたたかれてます」
はっきりと言い放つウィルに子弟からだけではなく、貴族たちからも笑いが起こった。
「ウィル様」
「はっ……!」
いつもの撫でるではないレンの掌の感触にウィルが新たな気付きを得て身を固める。
畏まった表情のまま、ウィルは言い直した。
「なんでもありませんでした」
その真面目くさった表情がまた場に似つかわしくなく、周りが笑いに包まれた。
レンはコホンと一つ咳払いをして取り繕うと、先程の質問にゆっくりと答えた。
「シロー様は朗らかで人を惹き付ける魅力がお有りかと……ただ、少しご冗談が過ぎる事があります。カルツは頭脳明晰で普段は落ち着きのある人間ですが、その知的好奇心から周りが見えなくなる事もしばしば……ヤームはパーティーの仕切り役でしたが、それ故口うるさくなってしまう所がありましたね」
当時を思い起こすようにレンが一人ずつ評していく。
「ロン師匠とライオネルは……二人は全く正反対の性格でしたね。必要以外は物静かで何かと巻き込まれ体質の師匠と普段から騒がし――賑やかで、何かと面倒事に首を突っ込むライオネル。困った人を見過ごせない性格の強いシロー様とよく厄介事を持ち込んではロン師匠が巻き込まれる、というのが定番で……」
『大空の渡り鳥』が世間から英雄と呼ばれるようになった経緯も、実はこの流れから来ていた。あまり損得の感情で行動していなかった彼らはそこで一国の存亡をかけた戦いに巻き込まれ、英雄となったのだ。
当時、シローたち六人は救国に加担した理由をこう伝えている。
『依頼主が不憫で、敵国の王があまりにムカついたからだ』、と。
こうして『大空の渡り鳥』の怒りを買った敵国は、戦後、その圧政ぶりもあって自然と滅亡した。滅亡した敵国の領はシローたちが仲介し、同じように苦しめられていた隣国同士で分け合って、今は平和な時を過ごしている。
「私からは誰がどうとは言えません。両親を失った私にとって、『大空の渡り鳥』のみんなは家族のような存在でしたし……ただ、既婚者もおりますので憧れだけに留めておいてはいかがでしょうか」
結局、レンの口から勧められる人物はいないということだ。シローたちは普通の冒険者と比べても奔放に過ぎる。そんな彼らについていける女性も、あまり想像できなかった。
「話が長くなってしまいましたね」
レンが締め括るようにそう告げると、ぽかんと見上げてくるウィルの頭を撫でた。
「魔法の練習を再開しましょうか」
「あい!」
元気よく手を上げたウィルに周りから再び笑みが溢れて、子弟たちは魔法の訓練に戻った。ウィルに付き合って、ヘトヘトになるまで。それが彼らの練習の指針となり、今後両国で優秀な魔法使いが多く排出されることになるのはまた別の話である。
「満足しましたか、ウィル様」
「まんぞくしましたー♪」
練習会が終わった頃には日も暮れかけていて、思う存分魔法を使えたウィルはご機嫌であった。レンの質問に嬉々として応えている。ちなみに貴族の子弟たちはウィルに付き合わされて足腰立たなくなるまで疲弊していた。ウィルについてこれるだけ、素晴らしいことだとレンは思うのだが。
ウィルはピンピンしている。日に日に魔力の総量が上昇しているのは誰の目にも明らかだ。
そんなウィルは迎えの馬車を待っている間、ジーッとレンの顔を見上げていた。
「どうかしたか、ウィル?」
気付いたシローが問いかけるとウィルは一度シローに視線を向け、それからまたレンを見上げた。
「とーさまとれんはかぞくだった?」
「んー、まぁ、そうだな。そんな風に過ごした」
「はい」
レンも肯定する。両親を殺されて以来、シローは兄のように接してレンを守ってくれた。その想いに報いるように、レンもまた強くなった。才能に溢れていたとはいえ、レンの努力は並々ならぬものがあり、やがてシローや師匠であるロンと肩を並べる程となったのである。
「どうかされましたか、ウィル様?」
不思議に思ったレンが尋ねると、ウィルはにっこり笑った。
「じゃー、うぃるとれんもかぞくだね!」
シローとレンがキョトンとして、それから顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「そうですね」
「そーなんです♪」
レンの返答にウィルはご満悦であるようだ。ぴょんぴょん跳ねて家族が一人増えたのだと喜んでいる。
「おねーちゃんがひとりふえたみたい♪」
「いやー、それはどうかな?」
ウィルの言葉にシローがはっはと笑って人差し指を立てた。
「レンはお父さんの妹みたいなもんだからなぁ……どっちかって言うとおばさグボァ!」
何を言わんとしているのか事前に察知したのだろう、レンが即座に反応してシローの顔面を殴りつける。
「グーはないだろ、グーは!」
「一言余計なんです」
頬を抑えて非難するシローにレンが呆れた顔をして鼻を鳴らす。そのやり取りが非常にコミカルでウィルは思わず笑ってしまった。
「とーさまは、またれんをおこらせてー」
しょーがないなー、なんて言いながら幸せそうなウィルを見て、シローとレンも嬉しそうに目を細めるのだった。
人物
・ルシアン……フラベルジュ王国の王太子。




