月夜に咲く花
お世話になっております。綾河です。
とうとう迫って参りました。
「ウィル様は今日も魔法で遊んでいます。」
小説版3巻、コミック版1巻、2020年5月28日発売です。どっちもかわいくて面白いのでぜひぜひお手に取って見てください♪
「うーむ……」
仮設キャンプ地で周辺の地図に印を打っていたシローが唸る。
(多い……)
地図には村へ害をもたらしそうな魔獣の発見場所が印されていた。被災した街や村に魔獣が接近するのはよくあることだが、それにしても数が多い。
限られた戦力で対処するには限界があった。
(俺が出れば、あるいは……)
そう考えたシローであったが首を振ってその考えを追い出した。
現在、シローは指揮官の立場にある。
正面切って戦えば他の指示が滞る。今、この場で自分の代わりが務まる人間はいない。
地図から顔を上げ、一息ついたシローの耳に周囲のざわめく声が聞こえてきた。
誰かが戻ってきたのか、と不思議に思うシローだったが続けて聞こえた地響きに嫌な予感がする。
「何事だ――」
言い終わる前にざわめきの原因を見て、シローは頬を引きつらせた。
「あー、とーさまー。おにくとってきたよー」
牛の魔獣を担ぎ上げる巨大なゴーレム。その掌に乗ったウィルがシローを見るなり手を振ってきた。
皆、一様に巨大ゴーレムを見てポカンと口を開けている。
「ゴーレム仕舞いなさい! ゴーレム!」
「えー……」
頭を抱えたシローの指摘にウィルは渋々ながら従うのであった。
「話は分かった」
ウィルたちから事情を聞いたシローは眉間を指押しながらため息をついた。村外れに接近した魔獣を見落としていれば、シローのため息にも納得する。
「申し訳ない、アロー様」
「やめなさいな。一片の鞘に収まった以上、私もあなたと契約するつもりでいるのだから」
「うぬぅ……」
頭を下げるシローの他人行儀をアローが止める。
その横で話を聞いていた一片は納得いかなそうに唸っていた。
「しかし……村の裏手からも……」
精霊の守護の喪失に魔獣の混乱。しばらくは守護の空白地を目指して魔獣が寄りついてくると考えられる。
村の窮状を聞いた冒険者が近隣から集まってきてはいるが、被害のあった場所はここだけではない。
昼夜問わず防衛するにはまだまだ人手が足りなかった。
「乱れた魔素さえ落ち着けば、魔獣の村への進行は収まると思うが……」
一片の発言にシローが頭を悩ませる。
人の身どころか、幻獣や精霊にだって簡単にできることではない。それに、今必要なのは樹属性の魔素だ。一片やアローにできる事は少ない。
「ここの樹の精霊たちでは満たすまで時間がかかりそうね」
「そんなに時間はかけていられないなぁ……」
アローの言葉にシローが頭を掻く。
シローたちもいつまでも救援で居残ることはできない。
フラベルジュの兵や冒険者たちに後を引き継いだとしても現状では防衛し切れる保障もない。
「どうしたもんかな……」
解決策を模索し始めたシローの様子を子供たちも心配そうに見守っていた。
「とーさま、げんきない……」
「色々と考えているのよ。このままでは魔獣がまた村に近付いてくるから」
「なんでー?」
「魔素が足りないからよ」
いまいち話がわからなかったウィルにセレナが丁寧に教える。
ウィルも一生懸命理解しようとうんうん唸っていた。
「まそが……」
「そうよ。樹の精霊様たちが、また村を守れるようになるには樹の魔素がいるの」
「きのまそ……?」
ウィルが自分の手を見下ろして何事か考える。
その様子にセレナとニーナが顔を見合わせた。
「何か思いついたのか、ウィルよ」
横から一片が顔を覗かせる。
ウィルはその顔を正面から見返した。
「きじゃなきゃ、だめー?」
「うむ。もしくは樹に近い魔素だ。土や水、光などが複数あっても助けになる」
「おつきさまはー?」
「月……?」
ウィルの言葉に一片がハッ、となってシローと顔を見合わせる。
ウィルの言う月の魔素。シローたちは説明しか聞いてないが、ウィルが扱ってみせたということは聞いていた。
「できるのか、ウィル?」
「たぶんー」
シローの質問にウィルがこくこく頷いた。
「よるになったらー」
今は多くを語れない。ウィルが操る月属性の魔法は国家秘密である。だが、こっそりとなら試して見る価値はある。
「シロー」
「分かった」
一片も賛成のようだ。シローも短く答えて頷く。どのみち、このまま手を拱いていては解決に数ヶ月を要する案件だ。
「ウィル、夜になったらお願いするよ。それまでは遊んでてくれ」
「わかったー」
はーい、と返事をして、ウィルはまた村の子供たちと遊びに出かけていった。
その日の夜――
夜間の防衛部隊に警戒を任せたシローとトルキス家の面々は花畑に赴いた。
「せーれーさん、きたよー」
『やぁ』
ウィルに気付いた精霊たちが花畑から姿を現す。皆、アローや一片、風狼の子供たちの姿を見てトルキス家に警戒を抱いたりしなかった。
「ぶらうんもおいでー」
ウィルがエジルから土の幻獣であるブラウンを預かり、花畑の中心へ進む。その周りをレヴィたち風狼や火の幻獣クルージーン、新しくセレナの幻獣となった雷獣の子【ライム】が取り囲んでいた。
多くの幻獣や精霊に見守られ、ウィルが目を閉じる。
(ぜんぶのまりょく……)
一つ、深呼吸。ブラックドラゴンと対峙した時のように魔力を内面の世界へと向けていく。より、深く深く。身の内に宿る月の魔力を鍵にして、門を探る。
ウィルの体から微かに溢れ出す銀色の魔力にシローたちは息を呑んだ。ウィルの胸に下げられたペンダントの宝玉が明滅を繰り返す。
(あった……)
ウィルが目に見えない月の門を探り当て、自らの魔力を当てはめる。門を少し開くと、その隙間から月の魔素が溢れ出した。
「おお……」
トルキス家の面々が言葉を失う中、一片の驚きが口から溢れる。
どこからともなく溢れ出した月の魔素が花畑を包んで輝いていく。
それを見た樹の精霊たちも感嘆に表情を綻ばせた。
『すごーい!』
『きれー! お月様だー!』
『力が漲ってくるよー♪』
満たされていく月の魔素に精霊たちが小躍りする。
『ありがとう! これなら村を助けられるよ!』
「ほんとー! よかったー!」
銀色の魔力に照らされたウィルも嬉しそうに微笑む。
樹の精霊たちはそれぞれ村の守護を修復する為に動き出した。
「ウィル、大丈夫なのか?」
見守っていたシローが心配そうに歩み寄るとウィルの体から立ち昇っていた銀色の魔力がゆっくりと鎮まっていった。
ウィルが呼吸を落ち着けるように息を吐く。
「だいじょーぶー」
「いったい、どうやったんだ?」
「えっとねー、おつきさまのまほーはねー」
ウィルのつたない説明によると魔力で月の門を開けないと月の魔法は使えないらしい。その方法で門を開けると周りに月の魔素が溢れるのだそうだ。
ウィルの語彙力が幼すぎて、いまいちピンとこない部分もあるが、そういう事らしい。
実際、精霊たちはウィルの溢れさせた月の魔素で力を増し、守護する力を取り戻している。
月の魔素が全ての属性を含むというのであれば、納得できる部分も多い。
幻獣の子供たちも輝く花畑で楽しそうにはしゃぎ回っていた。
『見て見て! 月の魔素で新しい花、作っちゃったー!』
「「わぁ……」」
自慢げに見せてくる樹の精霊にセレナとニーナが感嘆の声を上げる。
そこには美しく咲き誇る、一輪の大きな花があった。月の下で花開く、美しい花だ。
『すごく満たされていく……私達、強くなったみたい……』
もとより小さな魔素溜まり。居並ぶ精霊たちに大した力はなかった。そこにウィルの導いた月の魔素が加わって、精霊たちを後押ししたようだ。
「このような事があるのだな……」
「ほんとね……」
一片と寄り添うアローも花畑に見惚れてうっとりしている。
幻想的な光景は人のみならず、幻獣や精霊も虜にしたようだ。
『ありがとう、ウィル』
「うん」
感謝を述べる精霊たちにウィルも満足げだ。
「むらのみんな、まもってあげてね」
『もちろんだよ』
ウィルと精霊たちは約束を交わし、しばらく皆で淡く輝く花畑に心を奪われていた。
「ばいばーい!」
樹の精霊たちが守護する力を取り戻して数日。
救援活動を終えたウィルたちはフィルファリアに帰ることとなった。
馬車から身を乗り出したウィルが見送りに来た大勢の村人に最後まで手を振る。
「あっという間だった気がする……」
そんな感想を漏らすニーナにシローとセシリアも笑みを浮かべた。
「うぃるね、あのね!」
「どうしたの、ウィル?」
そんな中、ハイテンションなウィルは楽しそうにはしゃぎ回っていた。
セレナがウィルの頭を撫でて落ち着かせている。
「また、みんなにあいたい!」
ウィルの言葉に皆が笑みを零した。
シローもウィルの頭を撫でる。
「そうだな。今度は救援じゃなく、遊びに来たいな」
「ねー♪」
「ただし、帰りはゆっくりな? 急いで帰る必要はないからな」
「えー……」
行きの事を思い出したのか、途端にテンションを下げるウィル。
それを見ていた母や姉たちは一斉に噴き出した。
「ウィル、お母さんは他の街や村もゆっくり見たいわ」
「私もよ。ウィル」
「私もー」
セシリア、セレナ、ニーナと順に諭されてウィルがうーんと唸ってしまう。
「しょーがないなー」
素っ気ないフリをしているが、ウィルもそわそわしているのが見て取れる。セシリアたちに言われてウィルも興味を持ったようだ。
「じゃあ、ゆっくり帰るか」
「「「はーい」」」
シローの言葉に子供たちが嬉しそうに同意して。
フィルファリアの救援部隊は帰路につくのであった。
「行っちゃったね……」
「うん……」
馬車が見えなくなると村人たちが順次仕事へと戻っていく。
最後まで残ったテレジアとイリーナは救援部隊が去った道をまだずっと見ていた。
療養中の夫婦の代わりにテレジアがイリーナの手を取ってここまで連れてきていた。そのイリーナがテレジアと手を繋いだまま、動かなかった。
「あのね……」
「うん……?」
小さな少女がポツリと呟き、テレジアを見上げる。
テレジアは腰を屈め、イリーナの顔を覗き込んだ。
「わたし、てれじあさんみたいなちゆじゅつしになりたい」
「えっ……?」
少女の言葉に驚いてテレジアが目を見開いた。
「私みたいな? ウィルちゃんとか、セシリア様みたいな治癒術士じゃなくって?」
トルキス家の治癒術士と比べて見劣りする自覚がテレジアにはある。そんな優秀な人物を差し置いて名指しされたテレジアは困ったような笑みを浮かべた。
だが、イリーナは首を横に振った。
「てれじあさんみたいに、どんなときもまけないちゆじゅつしになりたいの」
負けない、挫けない。最後の最後まで足掻いていたテレジアの姿はイリーナにそう映ったようだ。
真っ直ぐ見上げてくるイリーナの表情は真剣そのもの。だからテレジアはそれ以上、何も言えなかった。
泣きそうになるのをグッとこらえ、イリーナの髪を撫で付ける。
「そうね……なれるわ、きっと。私も負けない。だから二人で、もっと凄い治癒術士になりましょう」
「うん!」
少女が見せた笑顔は両親が怪我して以来、最上級のものだった。
それだけで頑張れる。自分がここにいる意味がある。
込み上げてくるものを袖で拭ったテレジアは笑みを浮べてイリーナを見返した。
ウィルベルという少年もあの歳で魔法を操って見せたのだ。イリーナが早いという事はない筈だ。
「私の特訓は厳しいわよ!」
「はい!」
元気に答える小さな弟子。
二人はやる気を漲らせ、しばらく笑い合っていた。
後年、この地域は多くの優秀な治癒術士を輩出する事になる。
その中には村の出身者も多く含まれており、やがて村は【治癒術士の聖地】の一つとして人気を博していく。
それをもたらしたのが、まだ幼かったウィルベル・ハヤマ・トルキスだったと知れ渡るのも、もう少し後のことであった。
【人物】
テレジア……村に居合わせた治癒術士。ウィルのアドバイスで実力の壁を破りつつある冒険者。
イリーナ……村の子供。飛竜の渡りで両親が深手を追ってしまう。最後まで諦めない姿勢を貫いたテレジアを幼心に尊敬している。
【幻獣】
ライム……セレナの新しい幻獣。雷属性のイタチのような姿。




