小さなウィル先生、再び
初日の活動を終えたウィルたちは冒険者たちのキャンプで夕食を取った。
兵士や冒険者の下へ村人も集まり、まるで宴のようになっている。
あまりに早い立ち直りにシローたちも驚いていたが、村長がやって来て理由を説明してくれた。
「最後まで全力を尽してくれた治癒術士様に感化されたようですな……」
「なるほど……」
改めて礼を言いに来た村人たちが特産の食材などを持ち寄って、救援に来た冒険者や兵士たちを労っている。
その中に治癒術士の少女も混じっており、彼女はウィルたちに気がつくと歩み寄ってきた。
「私は冒険者パーティ【風原の鉄騎】のテレジアと申します。先程は本当にありがとうございました。助かりました」
「お気になさらずに……」
「それほどでもー」
頭を下げるテレジアに対し、顔を上げるように促すセシリア。
その足元でウィルが照れたように身をくねらせた。
ウィルを見た大人たちから笑みが溢れる。
テレジアも躊躇いがちにウィルの頭を優しく撫でた。
「ホント、こんな小さな子が私の及びつかない回復魔法の使い手だなんて……私もまだまだなんだと改めて認識させられました」
「「「あはは……」」」
セシリアたちもテレジアの発言に苦笑いを浮かべるしかなかった。
精霊の教えを受けたウィルはもうトルキス家の中では一番の回復魔法の名手である。
セシリアもウィルと同様の魔法を試してみたが、今の所十回に一回成功させられればいいところであった。
「いったいどのようにして魔法を覚えられたのですか?」
「それは……」
テレジアの質問は至極当然だ。
ウィルほどの小さな子供が自分より高度な魔法を使っていれば気にならないはずがない。
言い淀むセシリアだったが、ウィルはあっけらかんと答えた。
「みんなのまねをしたのー」
「まね?」
「そーだよー」
嘘ではない。ウィルには魔力の流れが見えていて、それを真似しているだけだ。
人の身で魔法を習得するには何度も試行錯誤を繰り返さなければならない。
テレジアはウィルの言う「まね」を子供なりの試行錯誤と受け取った。
「私も修行が足りませんか……」
「しゅぎょー」
ウィルは魔法の修行が大好きだ。本来なら根気のいる作業なのだが、ほぼ一発で習得してしまうウィルはやればやるだけ魔法を使えるようになって大満足である。
そんなウィルにテレジアは笑みを浮かべて素振りするように魔力を込めた。
「私も治癒術士として少しは自信があったのですが――」
「おねーさんはぎゅーってしすぎ」
「えっ……?」
ウィルの唐突な発言にテレジアの言葉が遮られる。
ウィルはジッとテレジアの手先の魔力を見ていた。
「ウィル?」
「ちゆまほーはもっといっぱいうごかさなくちゃ!」
「えーっと……?」
周りにいた人もウィルの言葉に首を傾げている。
ウィルの語彙力だといまいち何が言いたいのか、分からない。
ウィルは杖を持ってみんなの前に出た。
「ちゆまほーはまりょくをいっぱいにしてうごかすの」
「そうね。マエル先生もそう仰っていたわ」
セシリアが合いの手を入れる。回復魔法は自分の手の前を魔力で満たし、循環させる。
「ちゆまほーをつかえないひとは、まりょくをうごかすとまりょくがにげちゃうの」
ウィルによると、どうやら魔力を循環させるというのが第一の関門であるらしい。魔法が発動するまで魔力を循環させ続けなければならない。
自分の体から離れた魔力を循環させるのは相当難しいのだ。
「いっぱいおけがをなおすのは、まりょくをいっぱいにしてたくさんうごかすの」
どんな魔法であれ、高い効果を得るには魔力をより多く込める必要がある。それは常識であるのだが――
「ちからをいれちゃ、だめ」
「「「「…………?」」」」
ウィルの説明に全員がさらに首を傾げた。
ウィルは高い治癒効果の回復魔法を使うのに魔力を込めてはいけない、と言うのだ。
当然、周りの大人たちはわけが分からなかった。
「力を込めずに魔力を出す……?」
「一体どういうことだ?」
大人たちが自分の魔力でそらんじてウィルの言うことを実践しようとする。
「どう思う、エリス?」
「そうですね……」
セシリアがこの中では一番魔力の扱いに長けるエリスに話を振った。
エリスはしばし考えてから思ったことを口にする。
「ひょっとしたら……ウィル様は魔力を凝縮してはいけない、と言いたいのではないですか?」
「凝縮……」
「回復魔法を使う時、私は魔力の循環に意識を注いでいますのであまり気にしていませんが、治癒効果を高めたい時は魔力を溢れさせて、さらに循環させようとするので……」
必要なのは魔力のコントロール。
魔力の消費は激しくなるが、そうしないと効果の高い回復魔法が使えない。
一方、魔力の消費を抑えるには一定以上魔力が拡散しないように魔力を凝縮するのが普通だ。
それは力を込める、と言い換えてもいい。
ウィルは魔力を凝縮してはいけない、と言いたいのではないだろうか、と。
「たぶん、それー」
「だそうですよ」
ウィルがコクコク頷いて、エリスが周囲を見渡す。
大人たちは顔を見合わせた。
「こー。からだのなかからふわっとー」
ウィルが杖を振って実演してみせるが、魔力が目で見えるわけではないのでいまいち分からない。
それでも言いたいことは伝わったようだ。
魔力を込めずに体内から溢れさせる。
これも魔力の使用に長けてないと難しい、高度な技術であった。
「体の中から……」
「ふわっとー、そよそよー」
「ふわっ、と……そよそよ……」
テレジアが魔法をイメージさせて納得する。
普段は意識していないが、少しの怪我を治すくらいの回復魔法なら確かにそんな感じだ。それを大きくしていけば今と同じ治癒効果くらいまで到達する。
問題はその後で、彼女は無意識に魔力を凝縮していた。消費魔力を抑えるためだ。
その状態で力量以上の治癒効果を求めても効果は得られない。
凝縮すれば魔力の循環が滞り、最悪の場合、治癒効果が低下する恐れもあった。
「あっ……」
テレジアが考えさせられていると、不意に声が上がり、何事かとみんなが振り返る。
そこには村の中年女性がいた。
「どうした、女将……?」
村長が声を上げた女性に声をかける。
彼女は村にある宿屋の女将らしく、宴会のようになってしまったキャンプの給仕の手伝いで、たまたま近くにいたのだ。
「できちゃいました……」
周りにいた大人たちは絶句した。
なぜなら小さな杖を持った彼女の前に回復魔法と分かる光が発動していたからだ。
「おおー」
ウィルがその光を見て拍手を送る。
「ちょっ……俺、家から杖持ってくるわ」
「私も」
「ウチは焼け出されちまってねーぞ」
「待ってろ、物資から余ってるの持ってくる」
村人たちどころか、兵士や冒険者たちまでも慌てて杖を取りに行く。
回復魔法の詠唱は広く知れ渡っており、ウィルの周りでみんなが回復魔法の練習を始めてしまった。
それがさらに輪を広げ、キャンプに参加していなかった村の住人たちまで集まり出した。
「すごい……」
「あはははは!」
突然始まった回復魔法の練習会にセレナとニーナも笑ってしまう。
しばらくするとあちこちから歓声が上がり始めた。
「できた!」
「マジか!?」
「見て見て!」
「難しいぞ、これ」
回復魔法は魔法属性が関係してくるので使える者と使えない者が出てくる。それはしょうがない事だ。
だとしても、この場の回復魔法習得率は異常であった。
ウィルの伝えたイメージが今まで習得できなかった者たちのイメージを刺激したのだ。
込めるのではなく、溢れさせる。溢れさせたまま、循環させる。体の中からフワッと、そよそよ。
魔法の詠唱も手伝って、コツを掴んだ者たちが次々と回復魔法を発動させていく。
「良かったのですか、これは……」
あまりの事態に村長も困惑してしまった。
本来、魔法の極意とは秘匿される傾向にある。
どの国も優秀な治癒術士を囲い込みたいと思ってはいるが、その風潮はどうしても残る。
それがあろう事か他国の救援部隊からもたらされてしまったのだ。
「まほー、つかえるとたのしーよ?」
「いや、まぁ……それは……」
村長の懸念は三歳児に通用しなかった。
「これでおけがしてもだいじょーぶ!」
ウィルはたくさんの人が回復魔法を使えるようになって満足しているようだ。
村長に視線を向けられたセシリアも彼の表情に思わず笑みを零した。
「この子がいいと言うのですから、何もおっしゃらずにお受け取りください」
「はぁ……」
「みんなにおしえてあげてねー」
セシリアの言葉に村長も頷くしかない。
ウィルに至ってはさらに広めろと言う始末だ。
「この村ですと優秀な治癒術士が誕生するのも案外早いかもしれませんね」
エリスの言葉にセシリアも頷く。
回復魔法を使えるだけでは治癒術士としては認められない。
相応に薬草学や調合学も求められる。
だが、この村には近くに森もあり、薬草は豊富で、治癒術士が不在だったために回復薬の調合で治療を賄っていた経緯がある。
優秀な治癒術士を輩出する条件は整っていた。
「こんな感じでどうかな……」
「さっきより、いーよ」
テレジアもウィルに言われたことを意識して回復魔法を発動する。
それを見たウィルが太鼓判を押した。
テレジアも自分の回復魔法の効果が高まっているのを実感する。
ただ、やはり魔力のコントロールが難しく、修練は欠かせないようだ。
「私ももっと、すごい治癒術士になるわ」
「がんばってー」
「うん!」
ウィルに応援されてテレジアが笑顔で頷く。
集まった人々は宴を楽しみながら、酒の肴に回復魔法を試みて、その日の夜は更けていくのだった。
【人物】
テレジア……飛竜の渡り時、偶然村に居合わせた治癒術士。瀕死の村人に根気よく治療を続け、結果的に命を救う。




