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まもりがみさま

 ウィルは怒っていた。


 慌てて帰ってきたマイナが父や姉達、エリスやアイカが危険だと知らせに来たのだ。

 そしてその知らせに母は悲しそうな顔をし、更にはジョンが門番を辞めると言い出した。


 その時点でウィルは部屋を飛び出していた。


 このままでは大好きな姉達に会えなくなってしまうかもしれない。

 大好きな母がもっと悲しい顔をするかもしれない。

 皆バラバラになってしまうかもしれない。


(うぃるがなんとかしないと……)


 使命感を芽生えさせたウィルは何ができるか必死に考えた。

 そして、一つの心当たりに行き着いた。


(あっ……)


 使用人達の休憩室の前を横切ろうとして、気付いたようにウィルが顔をそちらに向けた。


 使用人達の休憩室には、その日の魔法の練習に使うアイテムが置いてある。


 ウィルはその事を知っていた。

 部屋の中へ入り、椅子の上へよじ登る。

 テーブルの上にベルくんの杖(ウィル命名)と小さな精霊のランタンが三つ置いてあった。

 精霊のランタンは紐が通してあり、肩から下げられるように長さを調節してあった。

 使用人の誰かが子供達に持たせるように用意した物なのだろう。


 ウィルは精霊のランタンを肩から下げ、杖を手にして椅子から降りた。

 使用人達の休憩室を出て、地下倉庫に降りる階段の前に辿り着く。


「まもりがみさま……」


 地下倉庫には守り神様がいると父が教えてくれた。

 守り神様とは皆の事を守ってくれる神様なのだ、と。


 簡単な説明だったが、ウィルには違った。


 ウィルには魔力の流れが見えている。

 見守るような優しい魔力が家の中に充満していて、それが地下倉庫から流れて来ている事にウィルは気付いていた。

 その魔力が守り神様のものであると教えられ、ウィルは大いに納得したのだ。


 地下には皆を見守ってくれている誰かがいる――


 ウィルはそう確信していた。

 一歩一歩階段を降り、扉に辿り着く。

 今日はレンがいない。

 この間は開けてもらえたが、今日は自分でなんとかしなければならない。


「んっ……!」


 小さな気合と共にウィルが飛び、扉のノブにぶら下がる。

 それをなんとか回し、扉を開けた。

 暗い部屋にウィルが体を滑り込ませる。


「ひかれー」


 部屋の入り口の壁には明かりをつける魔導具が備わっているのだが、ウィルは知る由もないし、背も届かない。

 なので、ウィルは最近覚えた明かりの魔法を使い、室内を照らし出した。


 丸い光球が宙に浮かび、柔らかい光が部屋の中を照らし出す。

 様々な物が並ぶ倉庫の奥に、大事そうに飾られたひと振りの剣があった。


「まもりがみさま、いませんかー?」


 ウィルが呼びかけるが誰もいない。

 倉庫内を進み、奥に飾られた剣へ歩み寄る。

 白と緑色を基調とした流線形の鞘に収められた変わった形の剣だ。

 父が出かける時に腰から下げている物とは全然違う。

 鍔の部分に緑色の石が嵌め込まれ、そこから家を包み込む魔力が溢れていた。

 

「まどーぐ……?」


 ウィルが小首を傾げていると、石から溢れた魔力の光がウィルの周りを包むように回った。

 撫でる様に巡る魔力は優しく安心できるものだった。


「……ん!」


 ウィルは決心すると、椅子を剣の前へと引っ張ってきた。

 よじ登って、台座に移り、剣と真正面から向き合う。


「まもりがみさまー?」


 呼びかけるが、反応なし。

 ウィルはしばし待っていたが、やがて剣に手を伸ばした。


「おい、危ないぞ?」


 聞いたことのない声にウィルが驚いて振り返る。

 そこに居たのは緑色の燐光を纏った大きな狼であった。

 微かに目を細め、ウィルを見上げてくる狼が口を動かす。


「童よ、そんな所に登ると危ない。降りてきなさい」


 喋る狼にウィルは目を瞬かせていたが、素直に従って台座から降りた。


「ふむ……」


 上から見下ろしてくる緑色の狼をウィルがしげしげと見つめる。


「童よ、儂が怖くないのか?」

「ふぇっ?」


 問いかけてくる狼にウィルが疑問符を浮かべた。


「なんでー?」

「何でも何も、儂の姿に恐怖を感じないのか? 大きな狼の姿をした儂を……食べられてしまうかもしれんのだぞ?」


 狼が牙を覗かせるが、ウィルはキョトンとした様子で狼を見上げたままだった。

 狼の纒う風の魔力は家に満ちる魔力と同じもので、優しい輝きに彩られている。

 ウィルには恐れる理由がなかった。


「なんでー?」

「……まあ、よい」


 不思議そうに聞き返すウィルに狼が呆れたようなため息をついた。


「早く戻れ。ここは童のような幼き者が来ていい場所ではない。父親も心配するぞ?」


 帰るように促す狼だったが、ウィルが首を横に振る。


「だめなの! まもりがみさまに、とーさまとねーさまたちをたすけてっておねがいしなきゃ!」

「……なんだと?」


 訝しむ狼にウィルが続けた。


「とーさま、わるいひとにおそわれてるってまいながゆってた。ねーさまたちもとじこめられてるの……」

「ふむ……」


 あながち間違いではない。

 ウィルに理解できる会話レベルではこれが限界だったが、その真剣な表情から嘘ではないと狼は判断した。


「とーさまが、そうこにまもりがみさまがいるってゆってた。みんなをまもってくれてるってー」


 その存在を確信しているかのように力強くウィルが言う。


「シローがそう言ったのか?」

「そーだよー。おーかみさん、とーさまのことしってるのー?」


 狼の問いかけにウィルが不思議そうに首を傾げる。

 それには応えないで、狼は困ったように眉根を寄せた。


(シローがその辺のゴロツキにどれ程囲まれようと遅れを取る事はあるまいが……)


 狼が小さく唸る。

 気になるのは閉じ込められているというシローの娘達の事だ。

 シローは無事でも、娘達が無事だという保証はない。

 最悪、別々に襲われている可能性もある。

 その事が狼には気がかりだった。


 実際にはメイドが二人、護衛についているのだが、ウィルの中ではエリスもアイカも閉じ込められたことになっているので、その辺の状況が伝わらない。


 結局、狼はすぐに解決するだろうという確信を持てないでいた。


「……童が動かずとも大人達が動いて解決してくれるだろう……それではダメか?」


 狼の問いにウィルが首を横に振る。

 幼くとも、その瞳にははっきりした意志が宿っていた。


「かーさまもみんなも、とってもかなしそうなの! みんな、えがおにしなきゃ!」


 結局のところ、ウィルの行動原理は大好きな人達の悲しむ顔は見たくない。皆の笑顔を取り戻したい。それだけなのだ。

 そして、現在の状況はそれが永遠に失われてしまうかもしれない危険性がある。

 それは狼にとっても望むところではなかった。


「……わかった」


 狼が諦めたようにため息をついた。


「童よ、儂が力を貸そう」

「ふぇ……?」


 またウィルが不思議そうに首を傾げる。


「おーかみさんがてつだってくれるのー?」

「そうだ」


 頷いてみせる狼にウィルが疑問符を浮かべた。


「でも、まもりがみさまはー?」

「やはり、気付いとらんかったか……」


 呆れたように呟く狼にウィルが疑問符を浮かべまくる。

 ウィルはそのまま混乱の世界に旅立ってしまった。


「童よ、名はなんと申す?」

「うぃるはうぃるべる・とるきすです。さんさいです」


 狼が問い掛けると、ウィルがペコリとお辞儀した。

 そんなウィルを見て、狼が小さく頷く。


「儂の名は風の一片。【葉山の杜の風喰らい】と恐れられた幻獣――風狼にして世界に二つとない風の魔刀である」


 自己紹介を名乗り返す狼をウィルがぽかんとした表情で見上げた。


「……どこからどこまでがおなまえー?」

「……悪かった」


 長い名乗りはウィルの理解の限界を容易く突破したようだ。


「風の一片、が名前である」

「ひとひらさん……」

「うむ。童の父が言う守り神とは儂の事だ」


 風狼――風の一片がそう言うとウィルは「おおー」と声を漏らして目をキラキラと輝かせた。


「今回だけ、特別だぞ? いいな?」


 念を押してくる風狼にウィルがコクコクと頷く。

 するとウィルの足元に緑色の魔法陣が浮かび上がった。

 同様に風狼の脚元にも魔法陣が現れる。

 室内を煌々と緑色の光が照らし出した。


「ふあぁ……」


 幻想的な輝きに包まれて、ウィルが感嘆の声を上げる。


「これは仮の契約。儂の主は童の父であるからな……これは血の盟約による一時的な処置だ」


 風狼がそう言うと双方の体から魔力が溢れ、紐状に縒り合いながら繋がれていく。

 理解し難い魔力の流れをウィルは呆然と眺めた。

 視線の先でウィルと風狼の魔力が繋がる。

 その瞬間、ウィルは自身に流れ込んでくる風の一片の魔力を感じ取った。


 魔法陣が消え、光が収まる。

 湧き出る魔力にウィルが自分の手に視線を落とし、閉じたり開いたりした。


「通常、強大な精霊や幻獣と契約を交わすと、力のない者は共有する魔力に耐え切れずに死んでしまう」


 風の一片の言葉にウィルが顔を上げる。


「お前には父親の血が半分流れている。儂の力を受け取れるだけの下地があるのだ。だから仮とはいえ儂を従える事ができたのだ。しかし――」


 説明を続ける風狼が途中で口をつぐんだ。

 話を真剣に聞いていたウィルの表情が段々怪しくなっている。

 この顔は理解できてない。絶対。


 たった三歳の子供にあーだこーだ言ったところで通用しない。

 その辺の知識はもっと大きくなってから釘を刺せばいい。

 風狼はそんな風に自分を納得させ、


「あー、つまりはだな……」


 子供が好きそうな落とし所を思案して、その結果、ウィルの好奇心に爆弾を投下した。


「精霊や幻獣と仲良くなりたければ、もっと強くなるのだ」

「おおー!」


 キラキラ度、マックス。

 ウィルが身を乗り出すように風狼に手を伸ばした。


「うぃる、もっとまほうのとっくんしたら、せーれーさんとげんじゅーさんとなかよくなれるー?」

「あ、ああ、そうだな。うむ、なれるぞ」


 気圧されたように頷く風狼に、ウィルが「やったー!」と手を上げる。

 その様子に風狼はやれやれ、と呆れたようにため息をついた。


「さて、時間が惜しい。ウィルと言ったか……」


 改まる風狼に、テンションがハイになっているウィルが向き直る。


「お主の父と姉達を助けに征こう」

「あいっ!」


 力強く頷くウィルの体が風狼の魔力に包まれ、浮かび上がった。

 導かれる様にウィルが風狼の背に跨る。


「ふかふかー♪」


 ウィルが風狼の毛並みの肌触りにご満悦な様子で頬擦りする。

 次に風狼は飾られた魔刀を魔力で引き寄せ、ウィルの前に運んできた。


「それがなくては儂は動けん。よいか、それを父親に届けるまでがウィルの仕事だ」


 背に跨るウィルに風狼がそう伝えると、ウィルはこくんと頷いた。

 目の前の刀を大事そうに抱える。


「よし、征くぞ! ウィル!」

「おー!」


 拳を突き上げるウィルに応えるように、風の幻獣が走り出した。


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