トッド家との別れ
翌日、ヤーム一家がクランメルンに帰る事になり、ウィルたちは駅馬車まで見送りに出ていた。
「うっ、うっ……ぐす」
「ウィル君、もう泣かないで……」
「よしよし……」
寂しくなったのか、泣き出してしまったウィルをバークやラティが代わる代わるあやしている。
「泣くな泣くな。大きくなれば、また会える」
「ほんとー?」
ヤームがウィルの頭を撫で付けると、ウィルは涙を浮かべてヤームを見上げた。ウィルは知らない事だが魔獣の蔓延るこの世界では一度別れたらそれっきり、という事も少なくない。
「ホントさ。子供たちはみんなクランメルンの学校に来るんだろう?」
「…………?」
クランメルンには国内最大の学術施設があり、将来有望な子供たちはそこに集まって勉学に勤しむのが主流だ。
セレナももう少し大きくなればクランメルンの学校へ通うことになる。
「だから、また会える」
「うん……」
涙を拭いて頷くウィル。
ヤームは笑みを浮かべるとウィルから離れた。
「じゃあな、また会おう」
「ああ、またな」
「お元気で……」
「セシリア様も……」
シローとヤームが握手を交わし、ヤームの一家が馬車へと乗り込む。鞭を打たれた騎乗獣が荷車を引いて走り始めた。
「いっちゃった……」
ウィルたちは馬車が見えなくなるまでその後ろ姿を見送った。
「お父様、ヤームさんだけで大丈夫でしょうか?」
「なにがだい?」
ニーナの疑問にシローが首を傾げる。
ニーナは一緒にいるカルツの顔を見上げた。
「だって、来る時はカルツさんも一緒だったでしょう?」
馬車にはヤームの他に護衛もついているが、カルツがいない以上行きに比べると戦力が大幅にダウンしている。
しかし、それは全くの杞憂だとシローたちは説明した。
「ニーナ。父さんたち【大空の渡り鳥】は六人パーティーだったが、何でその内の五人だけがテンランカーだったか知ってるかい?」
「いえ……」
答えが分からず、ニーナは素直に首を横に振った。
その様子にレンとカルツが笑みを浮かべる。
「ニーナ様。鍛冶師である事を理由に断った人がいたからなんですよ」
「ほんと、理解に苦しむ男ですよねぇ……」
「ええっ!?」
レンとカルツの言葉にニーナが驚きの声を上げる。
テンランカーになる名誉は子供のニーナだって知っている。
しかし、テンランカーになれば国やギルドからの指名依頼で自由になれる時間も少なくなる。それを嫌って辞退してしまう人間がごく稀にいるのだ。
ヤームはその中の一人だという。鍛冶の腕で二つ名を得たヤームであるから、その判断が間違っているとは誰も言えない。
「それにクランメルンまでの道のりは比較的穏やかだ。問題ない」
「はぁ……」
曖昧に頷くニーナ。彼女が価値観の違いを理解するにはまだ早い、という事だろう。
「さぁ、帰りましょう」
セシリアに促され、ウィルたちはあれこれと話し合いながら家路につくのであった。
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「ねぇ、父さん」
「んー?」
「父さんは槍の使い手だったんだよね?」
「まぁな……」
王都が見えなくなって座り直したバークが不意に尋ねてきて、ヤームは何気なく答えた。
元々ヤームの腕前はさほど期待されていなかった。しかし、若い頃からパーティーを組んでいたシローたちが強過ぎて、その修練に付き合っていたヤームもいつの間にか実力者になっていた、というのが真相だ。
鍛冶師も必要な素材を自前で調達しなければならない事もあり、実力があって困るということはないのだが。
「父さん、僕に槍を教えてよ」
「それは構わんが……」
いつになく真剣な息子に向き直ったヤームは小指を一本立てた。
「セレナちゃんか?」
「父さん!」
「あなた……」
顔を真っ赤にして抗議するバークの横でターニャが頭を抱える。
ヤームは息子の反応に気を良くしてニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「ありゃー美人になるぞ。競争率、高くないか?」
「それだけじゃないってば!」
バークはセレナについて否定はしなかったが、他にも触発された何かがあるようだ。
何事にもそれほどやる気を漲らせないような息子だったので良い傾向ではある。
「ウィル君の事が心配で……」
「まぁ、確かにな……」
同じ子を持つ親として、あれはどうかと思う。三歳にして魔法を自在に操り、伝説上の属性まで得てしまったお子様だ。
シローやセシリアの胸中を考えれば、バークが子供ながらに何か思っても不思議ではない。
「できる事はやっておきたいんだ」
自身も当事者になって、バークは決心したようだ。隣にいるラティも賛成している。
「だからって、お祖父ちゃんの土産代でプレゼントはないと思うが……」
「それは、まぁ……」
結局、帰る前に王都銘菓を買って補填はしてあったのだが。
ヤームも元一流冒険者らしく裕福なのである。問題はない。
「鍛冶師を継ごうと思うんだ」
ここでもバークはやる気を漲らせていた。つまり祖父や父と同じ道を歩もうとしているのだ。
この宣言はヤームだけでなく、ターニャも喜ばせる事になった。おそらく祖父も聞けば大喜びだろう。
「私もやる! ウィルちゃん心配だもん!」
負けじと手を上げるラティ。家業を継ぐ者が多いとはいえ、それは絶対ではない。
ウィルと関わった事でトッド家の絆はより深まったと言える。
「俺は厳しいぞ?」
「「はい!」」
ヤームの言葉に元気よく応える子供たち。
二人の母であるターニャはそれを優しく見守るのだった。




