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ウィルベル会議

 城に到着したシローたちが通された会議室には国の主要な人物がすでに集まっていた。


「わざわざすまない」


 アルベルト国王に促され、シローたちが席につく。

 彼らの注目は王の横に座っている一人の少女に集まった。もっともその存在感で彼女が普通の人間でないことは容易に知れたし、カルツに至っては初対面でもない。


「地の大幻獣レクス様だ」


 シローたちの視線に気付いてアルベルトが簡単に紹介する。

 シローたちも前もってカルツからその特徴を伺っていたので、すぐその存在に思い至ったが、会議にまで参加するとは思っておらず驚きを隠せなかった。

 レクスは国王の横に座り、メイドの淹れた紅茶とお茶請けに舌鼓をうっていた。余程美味しいらしく、満足そうな笑みを浮かべている。小動物のようで妙に可愛らしく、威厳とかが感じられないのは困りものだ。


「集まったようじゃな……」


 レクスがメイドから受け取った布巾で手を拭き、メイドたちがレクスの前から食器を下げる。使用人たちの退室を待って、手を組んだレクスは前に乗り出した。


「国王よ、それでは始めようではないか。小さな英雄様のお話を……」


 含みのある笑みを浮かべるレクス。


(((食べカスが……)))


 頬に食べカスをつけたままドヤ顔を浮かべる少女の姿にやはり威厳を感じず、困ってしまうシローたちなのであった。




「シロー殿には申し訳ないのだが、今回の一件はレクス様のお力添えで解決したものと発表する事にした」


 アルベルトの言葉を室内の誰もが黙って聞いていた。

 シローたちにも異議はない。アルベルトはウィルを秘匿する、と言っているので当然だ。

 このままウィルの事を公表されれば騒ぎは国内どころではない。精霊と通じ合い、飛竜の大群を駆逐する三歳児がフィルファリア王国に誕生したとなれば近隣諸国を含めて大混乱だ。

 国外は外交的な脅威を感じるだろうし、バカな貴族に至っては己の手中にウィルを収めようと画策する者も現れるかもしれない。

 国民もそんな幼子が近くにいて安心して暮らせる筈もないだろう。いつ爆発するか分からない魔道具の横で寝ているようなものだ。

 いくらウィルが優しい子供だとしても、それを知っているのはごく一部の者だけであるし、子供がそんな強大な力を制御できる保障はない。

 それに王都を襲った謎の一味の事もある。

 ウィルの存在が危険視されている可能性もあるが、気付いていない可能性もある。王国がいちいち公表して、その存在を誇示する必要性はないのだ。


「ウィルの討伐した飛竜の買い取りはしっかりと行うので、その辺は安心して欲しい。素材も希望があれば融通しよう」

「はぁ……」


 報酬に関して明言するアルベルトにセシリアが曖昧に頷く。

 あの山のような飛竜が売却されれば恐ろしい金額になるのは容易に想像がついた。


「少し逸れたが……今回の飛竜の件はレクス様が解決したとして、そのご顕現と啓示を得た事を大々的に発表しようと思う」

「よろしいのですか?」


 アルベルトの宣言を聞いてシローがレクスに視線を送る。

 シローも風の一片という幻獣と共にある身だ。そういう事を嫌う傾向にあると知っているのだ。


「構わん。想定外の事はもう二度ほど起きておる」


 先の魔獣騒ぎと今回の飛竜の渡りの事だろう。

 王都やレクス山に魔獣が近寄らないのはレクスの魔力を恐れているためだ。もっとも、全く魔獣がいなくなると人の営みに害を与えてしまう為、無闇に放出しているわけではないそうだ。

 しかし、魔獣騒ぎも飛竜の渡りもレクスの魔力を完全に無視している。


「儂が危機感を持って、国王に助言を与えても何ら不思議はない」


 フィルファリア王国がレクスの加護を受けた国家であることは有名な話であった。

 実はそういう国はフィルファリア王国以外にも複数存在している。加護を受けた幻獣から啓示を受けるというのは珍しいとはいえ無くはないのである。


「儂の言葉であれば近隣の国も納得しやすかろう」

「それは確かに……」


 セシリアも納得した。

 飛竜に煮え湯を飲まされた隣国のフラベルジュやシュゲール共棲国はレクスの啓示に理解を示すと思われる。でなければあの規模の飛竜の渡りを被害無く解決した説明がつかないのだから。


 レクス山の大幻獣レクスが危機感を持ってこれを排除した――

 一番納得のいく説明だ。ウィルの活躍を見ていたのもルイベ村の住民ぐらいで言論は封じやすいし、これも一定以上の理解を得ている。近隣の都市でも魔力光は見えたかもしれないが、事態に詳しくない者がレクス以外の存在に思い至る可能性は低い。むしろレクスの仕業と言われた方が納得する。


「だから、今回の件は『暴走した魔獣に危機感を募らせたレクス様が介入し、事態の収拾を図った。軍備拡大を推し進め、近隣諸国との関係を強化するよう啓示を得た』と公表するつもりだ」

「これで少なくともウィル君の存在が危険視されることは防げるわけですね……」


 アルベルトの言葉にカルツが解釈を加えるとアルベルトは深く頷いた。


「あとは暴走した魔獣の存在だが……」


 当然、全ての魔獣が暴走したわけではない。それを証明する何かがあるわけではないのだ。

 興奮していただけではないか、と言われればフィルファリア王国で軍備を拡大する理由としては乏しい。近隣諸国との関係強化は経済が回るので批判は出ないだろうが。

 しかし、それに対してはカルツがある程度答えに辿り着いていた。


「魔獣騒ぎに関して言えば、大方の予想はつきます」

「本当か、カルツ殿!?」


 予想外の言葉に家臣たちが身を乗り出す。

 カルツの説明に説得力があれば軍備拡大に反対する貴族を納得させられるし、数少ない開戦派の貴族も黙らせられる。

 カルツは笑顔で頷くと袋から小さな包みを取り出した。

 机の上でそれを荷解くと中から姿を現したのはバラされた筒状の魔道具であった。


「これは王都の騒ぎの際、用いられた魔道具ですが……」


 カルツが部品の一つ一つを丁寧に説明していく。

 もっとも、これに魔獣が入れられ街で暴れたのはこの中の誰もが知っている事であった。驚いたのは彼の見解だ。


「この魔道具の構造はダンジョンによく似ています。つまり、これに囚われた魔獣はこの筒を起動させた人間を守る為、近くにいる者を襲うようになるのです。問題はそのような技術、どの国でも開発されていないということ……」

「古代技術か……」


 国王の言葉に全員が押し黙る。この世界には遥か昔高度な文明があった事は周知の事実だ。フィルファリア王国の精霊魔法研究所の地下遺跡もそれに値する。

 古代遺跡の発掘品は高額で取引され、国やギルドに買い取られることも少なくなかった。


「賊はそんな貴重品を捨て駒に利用させています。またシローが遭遇した賊の利用していた物はもっと高度であったようです。この事からも賊はこの技術の複製に成功している可能性が非常に高い」


 最悪の見解である。しかし誰もがカルツの見解に納得した。そうとしか思えなかったのだ。


「陛下、以上の理由から【魔法図書】カルツ・リレ、陛下の表明に賛成致します」


 カルツはこの中で今尚テンランカーの地位を得ている。カルツの証言は一家臣の見解より他国に重視されやすい。


「陛下、できれば他国の関係強化の中に他国の軍備拡張の推奨も含めておくべきかと……」

「うむ……」


 魔獣騒ぎは他国でも起きる可能性がある。

 先に被害を受けたフィルファリア王国が率先して他国に注意を呼びかけるという作戦だ。その中にウィルの存在を一旦埋もれさせてしまおうとしているのだ。


「いつまでも隠し通せるわけがありませんので」


 カルツは冷静に言ってのけた。ウィルを秘匿し続けるのは不可能だ、と。


「それならば、ウィル君の優しい性格を前面にプッシュすればいいのです」


 少なくとも売り名が【世界最強の三歳児】とか【お子様ドラゴンバスター】より、【レティスの天使】で広まった方が覚えもいいわけだ。一部、悪魔と呼称する者がいて【天使にして悪魔】と呼ばれることもあったが。


「月の加護を持つ童のぅ……」

「あの、レクス様……」

「なんじゃ?」


 思いを巡らすレクスにセシリアがおずおずと尋ねる。

 セシリアとしてみれば謎の多い月の属性に対して助言を乞える者などそう多くない。


「月の属性とは一体どういった解釈をすればいいのでしょうか? 過去にそういった人物はいなかったのでしょうか……?」

「うーむ……」


 セシリアの質問にレクスは困り顔を浮かべた。

 セシリアとしては当然の疑問だったであろう。なにせ、前例がないのである。ウィルにどういった指導をすればいいのかも分からない。

 レクスもまさか育児相談を持ちかけられるとは思ってなかったのだろう。答えに窮している。


「いない事もないのじゃが……」

「それはどのような方なのですか?」


 セシリアは至って真面目だ。真面目に大幻獣に子育ての質問をぶつけている。気持ちは分かるが、構図としては微妙だ。

 シローも若干引いていた。ちょっと怖い、彼の顔にはそう書かれていた。


「太陽の加護を与えられた者が四千年くらい前に……」

「それは、どなたが?」


 乗り出すセシリアに圧倒されてレクスが渋々答える。


「初代精霊王じゃ……」

「せ……?」


 レクスの口からとんでもない発言が飛び出して会議室にいた全員が驚愕で息を呑んだ。

 ウィルの潜在能力は伝説上の偉人レベルというのだ。


「本来であれば太陽であれ月であれ、生まれながら加護を有したりはしないのじゃ。儂が危機感を持ったのはそれが原因でもある」


 初代精霊王でさえ、成人後に太陽の精霊から加護を授かったという。加護を授かった初代精霊王は全ての属性を操る力を得て、世界を股にかけ活躍した。

 しかし、ウィルはそれを生まれながら有している。本来なら有り得ない事だった。


「童も全ての属性を鍛えるのが先決じゃな。月の属性の有り様など、我々には分からぬ事じゃ……」


 ウィルがもっと大きくなり、ウィルの口から説明されなければどんな事ができるかなんて誰もわからないらしい。それよりも今使える属性を丁寧に教える事が必要なのだそうだ。当然、基礎を疎かにしてはならない。


「人々に接して常識を得、慢心する事なく基礎を作り、一人前に育て上げることはどの子も同じじゃのぅ」


 特別扱いしてはならぬ、とレクスは強く発言する。

 もちろんシローやセシリアにその気はない。どれだけ潜在能力があろうと一人の子供として、元気に育って欲しいという想いがあった。


「近隣諸国との関係強化はウィルの将来の為とも言える」


 アルベルトは他国の信頼を得て、ウィルの存在を守ろうとしているのだ。

 そしてそれは近隣諸国相手であればそれほど難しい事ではないと考えている。なぜなら隣国にはフィルファリア王家と縁戚関係にある者もいるからだ。


「そこで……シロー殿とセシリアに早速頼みたいことがある」

「頼みたい事……?」


 遠回しに依頼してくるアルベルトにシローとセシリアは思わず顔を見合わせるのであった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 本当に面白いです。更新が待ちきれません。
[一言] 更新ありがとうございます。 大人の事情で公表できないのは今の社会でも多いですよね。
2020/03/28 07:03 退会済み
管理
[一言] 前例が精霊王か… やっぱ精霊王になるしかないな…(笑)
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