表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/263

マイナの報告

 野次馬の中から抜け出したマイナが一目散に駆けていく。


 偶然買い出しの途中で騒ぎを聞きつけ、寄り道したのである。

 まさかその騒ぎの渦中に自分の主人が堂々と立っているなど予想だにしなかった。


(さすがシロー様……あんな大勢の中から飛び出そうとする気配を感じ取られるなんて)


 確かに、マイナがあのままシローの元に駆けつけても大した助けにならなかっただろう。

 マイナもあの程度の連中にシローがやられるとは思っていないが、あの場には他の騎士や冒険者、更には子供達までいる。

 皆を守る為には人手が必要だ。

 シローの視線もその事を伝えていたようにマイナは捉えていた。


(早くこの事を伝えないと……)


 急激なカットで進行方向を変えたマイナはそのまま路地裏へと突っ込んだ。


「おじさん! 今日も壁、借りるね!」


 そこにはなんの用があってか分からないが、いつも老紳士が佇んでいる。


「お嬢さん。何度も言うが、その壁は私の物ではないよ? 両隣の家主の物だ」


 至極真っ当に答える老紳士を尻目に、マイナが魔力を集中した。


「来たれ風の精霊! 春風の装靴、

 軽やかなる風を我に授けよ花風の舞」


 風の魔法で身を軽くしたマイナが地面を蹴り、建物の間を交互に蹴り上がる。

 そのまま屋根の上へ着地して目的の場所を目掛けて疾走した。


(待っていてください、シロー様!)


 屋根と屋根の間を飛び渡り、王都を南へと駆け抜ける。

 第三騎士団の詰所とは真逆の方向だ。


(不逞の輩を叩きのめすには相応の戦力が必要……)


 あろうことかセレナとニーナまで巻き込むなんて、トルキス家のメイドとしては絶対に許せない事だった。


 マイナは明るくておちゃらけた所もあるが、人一倍正義感の強い娘だ。

 粗野粗暴の徒を平和な王都にのさばらせておいて寛容になれるような博愛精神とはまったく無縁なのだ。


 なので、彼女の頭の中には既に「一発ブチかます」という考えしか無かった。


 とどのつまり、グラムを犯罪者として拘束したいシローと、子供達を巻き込んで調子に乗ってる悪党を叩きのめしたいマイナのアイコンタクトは、重要な所がまったく伝わっていなかったのである。


(すぐに応援をお呼びしますから!)


 一際強く踏み切り、マイナが宙へ身を踊らせる。

 翻るスカートを手で抑え、彼女はトルキス家の門の前に着地した。


「マイナ嬢ちゃん、いつも言ってるがその内パンツ見られるぞ?」


 守衛室の前に立っていたジョンが呆れたようにため息をつく。

 しかしマイナはジョンの軽口を気にせず、そのまま彼の腕の中へ飛び込んだ。


「え? ええっ!?」


 突然の事に赤面し、目を白黒させるジョン。

 よほど急いで戻ってきたのか、マイナが大きく肩を上下させて呼吸を整える。


「大変なのっ!! ジョンさん!!」

「お、落ち着け! ……何があった?」


 切羽詰まった様子で見上げてくるマイナを見て、逆にジョンが冷静さを取り戻した。


「シロー様達が……!」

「…………?」


 何故ここで主の名前が出てくるのか。

 完全に置いて行かれたジョンが疑問符を浮かべる。

 しかし、続いて彼女から飛び出してきた言葉にジョンは一気に現実へ引き戻された。


「学舎の前で争いが起きて……事件に介入したシロー様がカルディ伯爵の私兵に襲われているんです! セレナ様やニーナ様も学舎に取り残されたままで……」

「なんだって!?」


 ジョンの表情が強張る。

 自分の娘はニーナと行動を供にしていたのだ。

 戦闘訓練を受けているとはいえ、親が子を心配するのは当然である。


「アイカは?」

「エリス先輩と一緒に子供達を避難させているようでした」

「……そうか」


 一先ずは無事という事を確認して、ジョンは安堵のため息をついた。

 しかし、いつまでも無事である保証はない。

 我知らず手に力が篭もる。

 彼はトルキス家の門番だ。


 すぐにでも飛び出したい気持ちをジョンは無理やり押し込めた。


「とにかく、セシリア様に報告だ」


 ジョンの言葉にマイナが力強く頷く。

 二人は急いで家の中へ駆け込んでいった。




 リビングにはタイミング良く人が揃っていた。

 セシリア、ウィル、トマソン、レン、ミーシャである。

 庭の手入れを行っていたラッツも異様な雰囲気に作業の手を止め、駆け寄ってきた。


 マイナから事のあらましを聞いて全員の表情に緊張感が走る。


「そんな……」


 夫や娘の窮地を聞いて、セシリアが悲嘆に肩を落とした。


「気をしっかりお持ちください、セシリア様」


 傍に控えていたレンが椅子を差し出し、セシリアを座らせる。


「レン……」

「シローはゴロツキ程度に遅れを取るような人間ではございません。セレナ様やニーナ様もエリスさんやアイカがついているのです。ご無事に決まっています」

「そうですとも。エリスやアイカが傍にいて、セレナ様やニーナ様に何かあるとは思えません」


 トマソンもセシリアを元気づける様に力強く頷いた。

 セシリアも頷くが、表情が晴れることはない。

 太腿の上で重ねられた手に力が篭もる。


「セシリア様」


 レンがセシリアの手に掌をそっと重ねた。


「ご心配には及びませんが、シローに手を出し、お嬢様方や我々の仲間、更には子供達を危険な目に合わせるような不逞の輩をわざわざ許す必要はございません」

「左様にございます。我らが主、シロー様に喧嘩を売った時点で奴らはトルキス家の敵……それに……」


 トマソンが視線をジョンに向ける。


「身内が窮地に晒されているのはセシリア様だけではございません。全ての子供達の親も同様でございます」

「あっ……」


 小さく呟きを漏らし、セシリアもジョンに視線を向けた。

 彼の娘も自分の娘と共にいるのだ。


「ごめんなさい、ジョンさん……私、自分の事ばかり……」


 素直に頭を下げるセシリアにジョンが柔らかな笑みを浮かべる。

 セシリアは王族の娘である事を誇示したりしない。

 分け隔てなく接する器量の良い女性で、皆から好かれている。

 昔から彼女を見てきたジョンは彼女のそんな所が嬉しくもあり、また心配にもなるのだが。


 ジョンは床に膝をつくとセシリアに頭を垂れた。


「娘は自身の使命としてトルキス家に仕えております。私も同じです。ですが、娘の窮地を見過ごすような親ではないことも自覚しております。勝手ながらお暇を頂く事をお許し下さいませんでしょうか?」

「ちょー! ちょいと待った! ジョンのダンナ!」


 辞職を願い出るジョンに慌てたラッツが声を荒らげる。


「辞める気かよっ!? 門番くらい俺が代わるよ! なんでそこまで!?」


 オーバーな仕草で理解できない事を示すラッツにジョンが苦笑した。


「けじめはつけんと、な。それに、ここで駆けつけねぇと先に逝った嫁に顔向けできんのよ」

「いや、だからって……」

「それにラッツ。お前さんは王子の為に砂場を作ってるんじゃないのか?」


 家庭菜園に使用できる魔法を習得したウィルは案の定、庭のど真ん中で盛大に魔法をぶっ放そうとした。

 慌てて落ち着かせたセシリアとラッツがウィルの遊び場として庭の奥に砂場を作る事でウィルを納得させたのだ。


「はぁ!? 馬鹿言っちゃいけねぇよ! 坊がする事なら庭全部ひっくり返したって再生して見せらぁ!」


 腕まくりしてやる気を見せるラッツ。

 そんな様子を目を瞬かせて見上げていたセシリアが思わずクスリと笑みを零した。

 状況としては悠長にしている場合ではないのだが、やがて踏ん切りがついたように顔を上げた。


「そうね……エカに怒られちゃうわね」

「ホント、怒らせたら怖いのなんのって」


 頭を掻くジョンとセシリアがどこか懐かしむような表情を浮かべる。

 でも、それは一瞬だった。

 セシリアが椅子から立ち上がる。


「ミーシャ。申し訳ないけどウィルの事をお願い。全員戦闘準備。ラッツさんは馬車を回して。これよりトルキス家に牙を向けたカルディ伯私兵達の殲滅戦を開始します。なるべく殺さないように」


 背筋を伸ばした使用人達が最後の一文に首を傾げた。


「甘くないですか?」


 恐る恐る尋ねるラッツにセシリアが微笑む。


「子供達を巻き込んだ事を大いに反省させなければなりません。死んだ方がマシだった、と思える程度に痛めつけて下さい」


 それはそれで無茶振りだったが、使用人達は気がついた。


(((セシリア様、怒ってる……)))


 柔らかな表情に似つかわしくない怒りの魔力がセシリアから溢れ出ていた。


「あれ……? ウィル様は……?」


 行動に移ろうとした所でミーシャが周りを見回す。

 マイナ達が駆け込んで来た時まで、ウィルは確かにリビングにいた筈である。


 今、ウィルの姿はリビングにはなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ