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国境の森の襲撃

【メモ:国】

●フラベルジュ王国……フィルファリア王国南部に位置する隣国で古くからの同盟国。


●シュゲール共棲国……多種多様な種族が共存する獣人が治める国でフラベルジュ王国の隣国。多くの森を有しており、屈強な騎士団と魔獣が強い事で有名。世界樹も存在する。

 広い空間に一つ、円卓がある。

 周りの暗さとは裏腹にそこだけが不思議な光で照らされており、淡く輝いて見える。

 その円卓では三人の女性がそれぞれ向かい合っていた。


『ウィルベルに会ってきました……』


 ルナがそう呟くと残りの二人の視線を集めた。

 一人はクロノ。黒髪の小さな少女である。感情を読み取りにくいぼんやりとした眼差しをルナに向けている。

 そしてもう一人、大人びたスタイルの良い金髪の女性が静かにルナを見返していた。


『どうだった?』


 如何ようにも取れる女性の問いかけにルナが少し寂しげに笑う。


『とても……とても良い子でした。純粋で、素直で、そして姉想いで……』

『そう……』


 ルナの答えに彼女の心情を知る女性は僅かな憂いを残した見守る者の笑みで小さく頷いた。

 そんなルナの様子をクロノも黙って見つめる。


『何度も言うようだけど……あなた一人が思いつめないで』

『レイ……』


 女性の言葉にルナが顔を上げた。

 クロノもコクリと一つ頷いて口を開く。


『レイの言う通り……大元は私。それに、三人で決めた事。ルナだけのせいじゃない……』

『クロノ……』

『あなたの加護を受けた者だから、あなたが一番身近に感じるのは分かる……でも私たちも、あなたと同じくらいあの子の事を想っている……』


 いつもは言葉少なであるクロノが確かな口調でルナに言い聞かせる。

 その様子にルナの表情も幾分和らぎ、レイと呼ばれた女性も安心したように息を吐いた。

 椅子に座り直したレイが真っ直ぐルナを見る。


『それで、例の物は渡せたの?』

『ええ……』


 断られそうになった時のウィルの反応を思い出してルナが小さく笑みを浮かべる。


『今は見守るより他にない……』

『そうね』


 クロノの言葉にレイが頷くと、三人の前に長方形の映像が現れた。映し出されたウィルの寝姿にレイが頬を緩める。


『私も早くあなたに会いたいわ』


 そう言いながらレイは映像を指で小突いた。彼女だけが、まだウィルと会っていない。


『いずれ会える……』


 アクシデントとはいえ、誰よりも先にウィルと会ったクロノの呟きにルナがくすりと笑った。それから彼女も映像に指を這わす。


『ゆっくりおやすみなさい、ウィル。たくさん遊んで、いっぱい寝て、元気に育つのですよ……』


 何も知らず眠るウィルを見守るルナの表情は慈愛と、微かな憂いを帯びていた。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 シローがフラベルジュ王国とシュゲール共棲国の合同調査隊に合流したのは昨夜のことであった。

 風の一片の疾駆けにより、本来かかる時間を大幅に短縮したシローは自分の予定よりも早く合流するに至った。道中感じ取った嫌な予感にシローと一片が道を急いだからである。


「準備はよろしいか、シロー殿」


 あまりに早い到着に昨夜は驚いていた部隊の隊長がシローに問いかける。

 隊長はシュゲール共棲国出身の獣人であり、部隊は様々な獣人と人間の混成部隊になっていた。

 シローが表情を引き締め、無言で頷く。

 シローたちの感じた予感が己の身に降りかかるのか、それとも待たせている家族に訪れるのかは分からない。だが、受けた命令である以上、引き返すという選択肢はなかった。


「シロー」

「分かってる」


 今は普通の成犬ほどの大きさの一片に声をかけられ、シローが視線を森の奥に向けたまま応える。

 シローたちにできる事は目の前の森を速やかに探索し、家路を急ぐ事だけだ。


「行こう」


 シローを含めた合同調査隊はそのまま森の中へと進み始めた。


 キャンプ地の上空を一陣の風が吹き抜けていったのは、その数十分後だった。



「おかしい……」


 警戒しながら静かな森を奥へと進んでいくと、不意に隊長を務める獣人がポツリと呟いた。


「何がです?」


 シローが周囲を警戒したまま聞き返す。

 隊長は頻りに鼻を鳴らして森を睨んだ。


「静か過ぎる……ここはフラベルジュよりとはいえ我が国の森林地帯に繋がっている。普段はこんなに穏やかではない」


 どの国も森というのは奥に進めば魔獣が多い。特にシュゲール共棲国は森が多く、魔獣が強いことで有名だ。その森が静まり返っていること自体、不自然だということだ。


「シロー……」

「分かってる」


 一片の言わんとしていることを理解して、シローが魔刀の柄に手をかけた。

 静かだが張り詰めた空気は魔獣たちの警戒の、それ。一度何かあれば興奮した魔獣が大挙して押し寄せてくる可能性もある。

 隊長のハンドサインで隊員たちが速やかに陣形を組んでいく。合同の部隊であるにも関わらず、滑らかな動きはさすがだ。


「ここからは慎重に進む」


 隊長の指示に異を唱える者はいない。

 シローも頷いて部隊と共に進み出そうとした時だった。


『見つけた』


 場にそぐわぬ柔らかな声が頭上より響き、何者かがシローの傍へゆっくりと舞い降りた。


「精霊さま……!?」


 いきなり現れた上位精霊に隊長や隊員たちが息を呑む。

 シローはというとウィルのせいで変な耐性がついたのか、特に驚くこともなく視界を森の先へと戻した。


「お主……なぜここに……」

『あら? つれないわね』


 一片の反応に精霊が肩を竦める。


「一片、知り合いか?」


 周囲を警戒したまま尋ねるシローに一片が眉根を寄せた。


「レヴィたちの母である」

『一片の妻よ』


 仕方なく紹介しようとする一片に精霊――アローが声を被せる。


『一片の妻、風の精霊アローよ。お初にお目にかかるわ、シロー』


 有無を言わさず続けるアローに一片は小さく嘆息した。


「何をしに来たのだ、お主は……ゆっくり会話できる状況でないと見れば分かるだろう」

『それはお互い様よ。こっちの方が急ぎ』


 アローの態度はふざけたものではなく、真っ直ぐシローを見つめている。

 それ以上何も言えなくなった一片が身を引くと彼女は一歩前に出た。


『シロー、執事さんから伝言よ。非常事態につき急ぎ戻られたし、てね』

「……いったい、何が?」

『落ち着いて聞いてほしいのだけど……』


 聞き返すシローにアローはひと呼吸置いてから告げた。


『坊やたちが乗った牛車が襲撃されたらしいわ』

「…………っ」


 一瞬動揺するシローの代わりに一片が反応する。


「誰にだ?」

『以前、街を襲った者たちと似た格好をしてたそうよ』

「ウィルたちは無事なんですか?」


 あくまで周囲の警戒をしたままシローが尋ねる。

 アローはシローの前で一つ頷いてみせた。


『ええ、無事よ。精霊たちが傍に付いている筈だし、執事さんたちもすぐに救出に向かうと言っていたから問題ないはずだわ』

「そうですか……」


 ひとまず安堵するシローであったが、ふと気付くものがあった。当人たちで解決する問題であれば、わざわざ風の精霊が遠路はるばるシローたちの元へ伝言を携えて来るはずがない。

 一片もシローと同様に気付いてアローを見上げた。


「ならば、何が問題だと言うのだ?」

『時を同じくして飛竜の群れが街を襲い始めたわ』

「なんだと……」


 アローの言葉に一片だけでなく、その場にいた全員が困惑した。

 代表するように獣人の隊長がアローの前へ出る。


「ま、待ってください、精霊様。我々は飛竜の渡りがあったとの報告は受けてません。あれば竜域観測拠点から連絡がある筈です」

『そのナントカって拠点は壊滅したと聞いたわ。報告が遅れ、人間たちの対応は後手に回ってる』

「そんな……観測拠点のメイゲ隊といえばシュゲール騎士団でも五本の指に入る精鋭だぞ」

『本当の事よ……あの数ではとてもじゃないけれど……』


 愕然とする獣人たちにアローが言い淀む。

 アローはシローたちの元へ向かってくる際、その規模を目の当たりにしていた。それが一箇所で発生したというのなら人の身で成す術がなかったとしても不思議ではないと思えるほどの規模だ。

 そして、それほどの規模であればこの場にいる者たちの故郷も無事である保証はない。言わずとも全員にそれが伝わっていた。


「隊長……決断を」

「…………」


 隊員の一人に促され、隊長が押し黙る。

 彼らは森で目撃された巨獣の調査に来ている。報告通りの魔獣がいれば近隣の村に甚大な被害が出る恐れがある。しかし、本当に飛竜が到来しているのであれば、帰る場所がなくなってしまう可能性もあった。

 このまま調査を続けるか、一度引き返して状況を確認するべきか。


「あなた達に選択肢などありませんよぉ」


 森の奥から響いた不気味な声に全員が振り向いた。

 宙を舞うようにゆったりと漂う白いローブの男。一瞬遅れて召喚された巨大なキマイラが二頭、ローブの男の両脇に地響きを伴って現れた。

 ローブの奥から見え隠れする痩けた頬が不気味な笑みを浮かべる。

 嫌悪を抱かずにいられないそれを見返して、シローが目を細めた。


「フィルファリア王国を襲った連中の一味だな? 何を企んでいる?」

「うふふふぅ……この場で実験台になる者に答えてもしょうがありませんねぇ」


 男がローブを小刻みに震わせ、あざ笑う。同時に両脇のキマイラが前に出て牙を剥き出しにした。

 どちらもフィルファリアに現れたキマイラと同じく狼と山羊の頭に大蛇の尻尾を生やしている。不気味な異形であるが、フィルファリアの時のような苦しむ素振りは見られない。


「どーです? フィルファリアを襲った出来損ないとは比べ物になりません。私の研究がまた一歩前進したのですよ!」

「うっ……」


 臆した隊員たちが剣を抜き、キマイラから距離を取ろうと後退る。

 それとは逆にシローは一歩前へ出た。


「お、おい……」


 隊長が慌てて呼び止めるが、シローは部隊を背に守るように立ちはだかった。

 とても人が簡単に相手をできるような魔獣ではない。それは誰の目にも明らかだ。

 しかし、シローは気にした風もなく男を見上げた。


「悪いが急ぎの用がある。お前の戯言に付き合っている暇はない」

「抗うのは自由ぅ。せいぜい良いモルモットになってくださぁい」


 耳障りな笑い声を残してローブの男の姿が消える。それを合図にキマイラたちが唸り声を上げ、戦闘態勢に入った。邪魔な木々を押し倒してシローたちににじり寄って来る。


「隊長さん、悪いが……」

「な、なんだ……」


 覚悟を決めて身構える獣人をシローは手で制した。


「下がってくれ」

「はっ?」

「あと、すまない。森の形が少々変わってしまうかもしれん」

「何を言って……」


 呆気にとられる隊員たちを無視してシローは魔刀を己の前に掲げた。


「一片、やるぞ。家族の窮地に残業はなしだ」

「御意」


 シローの本気を感じ取って一片が頷く。その体から風の魔力が溢れ出し、魔力と同化した一片の姿が消えた。

 見守っていたアローが感嘆したように口笛を吹く。


『アローも下がっておれ』

『はーい』


 緊迫した場面だというのに、一片に名を呼ばれたアローが足取り軽くシローたちの背後へ回る。


「精霊さま……」

『大丈夫。私の主人たちに任せなさい』


 事態を正しく飲み込めないでいる隊員たちにアローはウインクしてみせた。

 幻獣まるまる一匹分の魔力と化した風の一片がシローの体を包み込む。

 目に見えて迸る魔力に隊員たちが息を呑んだ。

 シローたちの変化に勘付いたキマイラたちが咆哮を上げ、それを正面から見返したシローが小さく口を開いた。


「お前たちに罪はないのかもしれんが、すまんな。家で妻子が待っている」


 実験台になる気は毛頭ない。

 身に纏った魔力の安定を感じ取ったシローが目を見開く。


「幻魔霊装! 風の一片!!」


 シローに呼応して纏った魔力が衣服を形成し、引き抜かれた魔刀の刀身が可視化できるほどの魔力を漲らせた。

 シローが流れる動きで魔刀を構え、地を蹴る。次の瞬間、シローの体はキマイラの足元にあった。


「一式、斬禍爪葬!」


 横薙ぎに振り抜かれた刀身の先から巨大な魔力の爪が同時に三本形成され、巨大なキマイラを切り飛ばす。

 一瞬で命を刈り取られたキマイラが崩れ落ちる前に、シローは魔刀を振りかぶった。


「二式、飛空斬雨!」


 振り下ろされた魔刀の軌跡が幾重にも分かれ、斬撃の雨と化してやや離れた残りのキマイラに降り注ぐ。

 無惨にも切り裂かれ続けた二匹目のキマイラが白目を剥いて崩れ落ちた。

 残心のまま、キマイラの末を見守っていたシローが魔刀を振って鞘に収める。

 キマイラは断末魔を上げる間もなく事切れていた。

 元の静けさを取り戻した森にパチパチとアローの拍手が響き渡る。

 その背後にはあんぐりと口を開けたままの隊員たちの姿があった。

 シローと分離した風の一片がフルフルと体を震わせる。


「アロー、不審者の気配を感じるか?」

『んー、少なくともこの近くにはいないみたいだけど……』


 広域に風を展開させて気配を探ったアローが肩を竦めた。


「よし、終わったな。帰ろう」


 そそくさと引き返そうとしたシローがはたと立ち止まる。


「あ、隊長。仕事終わったんで帰ります」

「あ、はい……」

「ちょ、ちょっと! シローさん、魔獣の素材は……!?」


 慌てて他の隊員が呼び止めてくるのをシローはきょとんと見返して、それから笑みを浮かべた。


「あげます」

「はぁ……」

「飛竜のこともありますし、皆さんで分けてください。それでは」


 家路を急ぐシローの後ろ姿を一同がポカンと見送る。

 その姿が見えなくなると隊長は再びキマイラに視線を向けた。

 森はシローの斬撃によりちょっとした広場になっていた。その中央に二匹のキマイラが横たわっている。

 これだけ大きな魔獣の素材だ。打ち捨てて行くには惜しすぎる金額になるだろう。


「隊長……」

「なんだ……?」


 まだどこか呆けたような隊員の声に隊長も同じような声で返す。


「俺、あの人が【飛竜墜とし】って言われても素直に信じます……」

「……だよなぁ」


 目の前で起きたことを思い返して、隊長も隊員たちも頷くしかできないでいた。




「セシリアさんの予想通りになっちまったわけだ……」


 シローと一片が森を駆け抜ける。その背後をアローが飛翔してついてきていた。


『私がいた頃は第一波だったけど、かなりの数だったわ。砦で空属性の魔法使いがワイバーンを抑えてた』

「もうカルツが出張っているのか……」


 アローの言葉に一片が唸る。

 カルツは周囲の状況を正しく判断する視野と知性を兼ね揃えている。何でも前線に出て解決するタイプではない。

 そんな彼がすでに前線に出ているとなると、事態は予想以上に悪いのだろう。


「くそ……」


 悪態をついたシローが走る速度を上げる。

 その横を並走する一片から声が上がった。


「シロー、森を気にしていてもしょうがない。ここで乗れ」

『私も魔刀の鞘に憑依するわ。それで一片の速度も上がるはずよ』


 アローの提案に少し嫌そうな顔をした一片が唸り声を上げるが、シローは快く承諾した。


「助かる」

「いや、我と契約しているとはいえ魔刀は我が身自身なのだが? 何故、お主が許可を出しておる」

「はぁ!? お前の嫁さんだろ! 何ケチくさい事言ってんの?」

「お主……鞘に女人を迎える事の意味を理解しておらんな?」

「刀の家庭事情なんぞ知るか!?」

『ウフフフフ♪』


 言い合うシローと一片を他所にアローが嬉しそうに鞘と同化する。

 後で聞いた話によると魔刀を男女刃と鞘でシェアする事は無二の一致が示す通り相思相愛を意味するのだそうだ。

 明らかな拒否をしない以上、一片もまんざらではないのだろうが。

 その事でしばらく一片に文句を言われることになるシローなのだが今はそれどころではない。


「一片!」


 シローの呼び声に応えて一片が巨大化する。

 その背にシローとアローが飛び乗った。


「飛ばすぞ! 捕まれ!」

「準備オッケーよ、一片!」


 アローが魔力を展開して一片に速度強化を施す。


「間に合ってくれよ……」


 祈るような思いで一片の毛を掴んだシローが身を屈め、一片は文字通り風を切るが如くフィルファリアを目指して走り始めた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 父様段違いの強さでしたなー。
[一言] お疲れ様です( ^ω^) 精霊さんたち意味深ですね…… ウィルどうなっちゃうのかな パパンたちは凄いの一言ですね~(*^^*)
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