戦闘
「くそっ……」
男が前後の騎士を警戒しながら悪態をつく。
彼自身、追い詰められて咄嗟に人質を取ってしまったが、こんな事がしたいわけじゃない。
腕に伝わってくる子供の震えに申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
しかし、今こちら側から隙を見せるわけにはいかない。
(なんでこうなった……)
仲間達とたまたま立ち寄った王都で、記念に依頼でもこなそうかと思った矢先である。
道ですれ違った騎士と肩がぶつかり、因縁をふっかけられ、金を払わなければ投獄すると脅されたのだ。
わらわらと柄の悪い連中が集まり、応戦するわけにもいかず逃げ出したのだが、追手を撒いた先でバッタリ違う騎士に出くわした。
男がフィルファリア王国の騎士の品性を疑っていた所に、さらなる男――シローの声がかかった。
「あー、すまない。冒険者の諸君」
無防備に近付くシローに男が振り向く。
「近付くなって何度言やぁ――」
「剣を降ろしてもらえると助かる」
思わず言葉を失う冒険者達。
なんと彼の目の前に現れた騎士は左右にメイドを従え、更には子供連れで堂々と立っていたのである。
呆然とした冒険者達が目を瞬かせる。
「娘を迎えに来たメイドさん達が立ち往生しているので道を開けてもらいたい」
「はぁ!?」
シローの申し出に男が素っ頓狂な声を上げた。
固まる冒険者達の脇をエリスとアイカがお辞儀をしながら通り抜ける。
後に続いたニーナは立ち止まって、冒険者達に丁寧なお辞儀を残して行った。
彼女達がセレナの元に辿り着いたのを確認し、シローが切り出す。
「私達はあなたを捕まえるつもりはない。あなたも子供にそんな事をしたい訳じゃないだろう?」
「私達、って所属が……」
男が腕章に視線を向ける。
所属を腕章で区別している事は知っているようだ。
シローが手で合図を送ると騎士達が腕章を取り外し、元の空色の腕章に付け替えた。
驚きで目を見張る冒険者達にシローが笑みを浮かべる。
「我々は第三騎士団所属。王都警邏の第二騎士団とは違う。よければ話を聞かせてもらえないか?」
シローが願い出ると男は逡巡した後、ようやく剣を下ろして子供を解放した。
子供がシローと男の顔を見上げる。
シローが笑顔で頷いてやると敷地内で成り行きを見守っていた教師の方へ駆け出した。
「これは独り言だが……」
教師に抱きすくめられる子供の姿を見ながらシローが前置く。
「我々は第二騎士団所属の者達が起こしている事件について内偵を進めていてね」
「私も独り言だが、奴らがクロだって事は分かってるんだ」
「俺も独り言だが、あんた等が第二騎士団の騎士に絡まれて無抵抗だったのも目撃しているしな」
「「「おいおい……」」」
順次、内部情報を漏らしていく騎士達に冒険者達が呆れ顔になった。
これでは第三騎士団の口は軽いと噂されても文句を言えない。
だが、目の前の騎士達はそんな事お構いなしだ。
「そもそも、貴族というだけで偉ぶってるのが気に食わん」
「うちの熊……ガイオス騎士団長を見習って欲しいもんだ」
呆気に取られている冒険者達を前に、騎士達の悪口が続く。
それを締め括るようにシローが冒険者達に親指を立てた。
「まぁ、ここにいる騎士は三人とも、冒険者出身だからな。あんた等に肩入れしてんのさ」
揃っていい笑顔を浮かべる騎士達に冒険者達の表情が和らぐ。
シロー達の事を味方だと、ようやく認識してくれたらしい。
「俺の名はモーガン。こいつ等は俺の部下だ。悪いがよろしく頼む」
モーガンと名乗った男が手を差し出し、シローと握手を交わす。
「とりあえず、場所を……」
シローが提案しようとした、その時、野次馬を押し退けるように柄の悪い男達が姿を現した。
「おやおや、犯罪者とつるんでいる騎士がいるからどこの者かと思ったが、野良犬風情がこんな所で何をやっている?」
中心に立っていた騎士が見下すような視線をシロー達に向けてくる。
おそらく、この人物がカルディ伯爵の息子なのだろう。
痩せぎすで意地の悪そうな目と厭らしい笑みが張り付いている。
周りの柄の悪い連中は騎士ではないので、おそらくはカルディ伯爵の私兵か何かだろう。
「何って? 調書を取っているだけだぜ?」
肩を竦めて見せるシローに男から笑みが消え、代わりに怒りが顕わになる。
「無礼者が! 私を誰だと思っている! カルディ伯爵の一子、グラム・カルディ様だぞ!敬わんか!!」
「騎士団の服に身を包めば貴族も平民出も関係ないんだよ」
「貴様っ……! カルディ家に歯向かうつもりか!」
「さあね」
今までの相手なら伯爵の名前を出せば怯んでいたのだろうが、シローは――いや、第三騎士団は違う。
誰一人気後れする事なく、冒険者達を背に立ち並んだ。
「王都には――いや、フィルファリアには居られなくなるぞ!」
それでもなお、親の威光を振りかざすグラムに深々と嘆息した。
全く相手にしないシローにグラムも業を煮やしたのか、隣にいた男に指示を出す。
「ええい、あの冒険者どもを捕らえろ! 邪魔する騎士も袋叩きにして構わん! 見せしめだ! 私に逆らえばどうなるか思い知らせてやれ!」
グラムの命令に、柄の悪い男達が厭らしい笑みを浮かべて前に出た。
「ぐへへへへ……ちょっと痛い目見てもらうぜ?」
「おら! そこをどきやがれっ!」
男が二人、手にした棍棒を振りかぶってシローに襲いかかる。
「ふん……」
シローは迫り来る男達を鼻で笑うと、瞬時に間合いを詰めて拳を鳩尾に打ち込んだ。
「グボッ……!?」
「ゲハッ……!?」
うめき声を上げて倒れ込む男達を無視してシローが周囲に視線を向ける。
「何をしている! 全員でかからんか! 魔法も使えっ!!」
怒鳴り散らすグラムに男達が一斉に武器を構えた。
「横暴だ! 街から出ていけっ!」
「そうよそうよ! 調子に乗るんじゃないわよ!」
シローが男達を打ち倒した事で勢い付いた野次馬達がグラム達に向かって罵声を飛ばす。
「貴様ら、調子に乗るなよ! こいつ等が終わったら次はお前達の番だ!」
「つくづく救えねぇな、お前は……」
数人の男達が野次馬の方へ向かおうとするのを低く唸るようなシローの声が押し留めた。
「貴族は民に対し義務を負わなければならない。騎士は守るべきモノのため剣となり盾とならねばならない。お前など、貴族でも騎士でもない!」
「……言わせておけば!」
歯噛みするグラム。
カルディの私兵達はぞろぞろと数を増やし、五十人程に膨れ上がっている。
更にグラムと脇を固める取り巻きの騎士が四名。
それに対し、シロー達は騎士二人と冒険者四名を合わせて七名。
戦力比はざっと八倍である。
私兵達は次々と数を増やしている。
いったいどれほどの数が取り囲んでいるのか。
だが、そんな中でもシローは気にした様子もなく、野次馬達の方へ視線を向けた。
その視線の先――こちらに飛び出そうとするメイドを目で制す。
亜麻色の髪をサイドテールで纏めたマイナであった。
手に買い物カゴを下げているところを見ると買い出しの途中であったらしい。
マイナは野次馬の中から飛び出す前に踏み止まるとシローと視線を交わした。
(この人数、取り押さえるには第三騎士団の力が必要だ……マイナさん)
シローの意図が伝わったのか、マイナは頷くと踵を返して走り去っていった。
「者ども、構わん! やってしまえ!」
怒りの頂点に達したグラムが腕を振り上げる。
それを合図に私兵達が押し寄せてきた。
「庭まで下がるぞ! エリスさん、アイカさん子供達を奥へ!」
戦闘が始まる前から準備していた二人が教師を伴って子供達を誘導する。
「こう数が多くちゃ……くそっ!」
モーガンが奥にいる相手を見て悪態をついた。
迫る私兵達の後方から魔法を詠唱している者がいる。
街中で、シロー達の背後には子供達もいるのに暴挙以外何物でもない。
庭の土に手をついたモーガンが口早に魔法を詠唱する。
「来たれ土の精霊! 大地の屹立、
我らに迫る災禍を隔てよ土の城壁!」
一気に隆起した土の防波堤が降り注ぐ魔法を受け止めた。
土属性の防御壁であるが物理的な障壁の為、魔法の威力に削り取られていく。
それでも子供達が逃げる時間を少しでも稼いだ。
「リーダー、多勢に無勢っすよ」
冒険者の一人が緊張した面持ちで告げる。
迫っていた私兵も土の壁で迂回せざるを得ないが、じきに姿を現すだろう。
数的不利は否めない。
だが、第三騎士団にこの場から逃げるという選択肢はなかった。
「シロー・トルキスの名において抜剣を許可する! 無抵抗にやられる謂れはないからな!」
「「おうっ!」」
シローの号令に第三騎士団の二人が剣を抜く。
「俺達もやってやらぁ! お前ら、気合い入れろ!」
半ばヤケになったモーガン達も各々武器を構えた。
(頼むぞ……マイナさん!)
走り去っていったメイドの後ろ姿を思い浮かべながら、シローは襲い掛かってきた男の一撃をやり過ごし、その首の後ろに手刀を叩き込んで意識を刈り取った。