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月の来訪

『どう、ウィル。美味しい?』

「おいしーです♪」


 夢中で肉を頬張るウィルの横顔にフルラが笑みを深める。


「ほんとに美味しい。家でも取り入れたいくらい」

「ええ、素材の味がよく引き出されていて……」


 木の器に盛られた木の実のサラダに舌つづみを打ちながら、セシリアとレンも首肯した。普段はあまり口にしない森の恵みに二人とも興味津々だ。

 ウィルと精霊たちは洞窟の外で焚き火を囲み、フルラの料理を堪能した。すでに日も暮れ、光源は焚き火のそれだけとなっている。満天の星空の下で食べる食事はいつもと違う開放感があった。


「おほしさま、きれー」

『気に入りまして、ウィル?』

「とーっても♪」


 ネルの質問にウィルが嬉々として答える。その横にレンが木の器を持って膝をついた。


「ウィル様、サラダもお食べ下さいませ」


 プイッ――


「ウィル様?」


 プイプイッ――

 レンがサラダをウィルの口元に運ぼうとするとウィルが顔を背ける。その様子にレンが眉根を寄せた。


「ウィル様……」

「おやさいは、ちょっとぉ……」

「ウィル、お野菜もとっても美味しいわよ?」


 見兼ねたセシリアが助け舟を出すとウィルはチラッとレンの持つ器に視線を向けた。


「ピーマンさんも入ってないし」

「うーん……」


 真剣に悩み始めたウィルを見て、周りにいた精霊たちがおかしそうに笑みを浮かべる。


『ウィルはお野菜が苦手?』


 フルラがウィルの顔を覗き込むとウィルは困った顔をした。


「ちょっとー」


 小さなウィルが好きな食べ物を優先してしまうのは仕方のないことである。とはいえ、セシリアやレンが栄養の偏りを心配するのも当たり前のことだ。

 そのことを理解して、フルラがウィルの頭を撫でた。


『ウィルにはとっておきの秘密を教えてあげるわ』

「なにー?」


 含みのある笑みを浮かべるフルラに興味を惹かれたウィルがジッとフルラの顔を見上げる。


『樹の精霊はお野菜に健康でいられますように、って魔法をかけるの』

「まほー?」

『そうよ。お野菜には樹の精霊の優しい魔法がいっぱい詰まっているのよ』

「へー……」


 感嘆の息をもらしたウィルが器に盛られたサラダに視線を向けた。ウィルの目にもサラダがとても瑞々しく見える。


『樹の精霊たちもきっとウィルに美味しいサラダをいっぱい食べて欲しいと思ってるわ』


 フルラが顔を上げる。ウィルがその視線を追うとクララたち樹の精霊がウィルの様子を見守っていた。


「…………」


 ウィルが黙って視線をレンの持つサラダの器に戻す。ジッとサラダを見つめたあと、ウィルはサラダを食べ始めた。歯触りの良いサクッとした食感のあとにほのかな甘さが広がっていく。


『どう、ウィル?』

「おいひーです♪」


 フルラの問いかけにウィルはこくこく頷いた。どうやらお気に召したらしい。

 その様子をみんなが笑顔で眺める。


「ありがとうございます、フルラ様」

『いえいえ』


 セシリアが頭を下げるとフルラも満足そうな笑みを返した。

 フルラとしても栄養が偏ってしまうのを良しとしていなかったのだろう。サラダを口に運ぶウィルを見て嬉しそうにしていた。


「ウィル様、お肉も食べて下さいませ」

「いまはさらだのおじかんなの!」


 レンの勧めにウィルが顔を背ける。交互に、とはなかなかいかないらしい。

 その様子にセシリアとフルラが思わず苦笑いを浮かべる。今はウィルが苦手の野菜を克服したということで良しとすべきか。どちらが優先でも栄養が偏るわけではない。


「はー、おいしかった」


 満足いくまで食したウィルは座ったまま背にある小さな崖にもたれかかった。

 暗がりに森の輪郭とその空にはきれいな星の光が一面に咲き誇っている。

 いつもは家の中で眠る夜だ。ウィルは夜の世界をあまり知らなかった。


(とってもきれー……)


 今、外は飛竜が群れを成して飛んできていてとても危険だ。

 ウィルもその事を聞かされていたが、少なくとも今見る景色は平和そのもの。森はすでに暗いが焚き火と精霊たちの輝きで十分な光量があり、特に不気味さも感じない。


『ウィル』


 ウィルが様子を見に来たライアを見上げる。ライアはそのままウィルの隣に腰掛けた。


『お腹いっぱいになったか?』

「うんー……」


 少し眠そうに目を擦るウィルの頭をライアが撫でる。ウィルはその手に身を任せると視線を前に向けた。


『眠いのか?』

「……へーきー」


 わずかばかり、鈍ったウィルの反応にライアが目を細める。

 ウィルは気にした風もなく、視線を目の前の暗闇に向けていた。


『どうした?』

「んー……」


 物思いに耽るようなウィルの様子にライアが尋ねるとウィルはその顔を見上げた。


「くらくなったらくろののところにそっくりなの」


 ウィルの言葉にライアは一瞬驚いたような顔をしたが、また笑みを浮かべた。


『そうか……』

「うん……」


 頷いて、ウィルがまた視線を暗闇に向けようとしたとき、ひらりと何かが舞い落ちた。


「…………?」


 ウィルが不思議そうにそれを掌で掬う。


「これは……?」

「雪……?」


 セシリアとレンも気が付いて空を見上げる。

 ひらひらと銀色の何かが舞い降りてくる。

 その正体にウィルはすぐに気付いた。


「魔素だ……」


 柔らかい銀色の魔素が次から次へと舞い落ちる。その様子に精霊たちも騒ぎ始めた。


『うそ……』

『信じられませんわ……』


 フルラやネルですら、その様子に驚きを隠せないでいる。

 本来であれば、如何なる属性にも該当しない色をした魔素。だが、その色の意味を精霊たちは知り、ウィルも気づくことがあった。


「ウィルの色だ……」

「ウィル……?」


 セシリアたちが見守る前で、ウィルは己の魔力に力を込めた。舞い落ちてきた魔素に応えるような淡い光がウィルから微かに溢れる。

 魔素もまたウィルの魔力に呼応して淡い光を返した。


『見ろ! 庭の中心が……!』


 精霊の誰かが指さす先に舞い降りた魔素が集まり、幻想的な光を放ち始める。


「女の人……?」


 セシリアが光の中心に現れた輪郭を見て呟くころには、その魔素の意味に気付いた精霊たちが慌てて光の周りに集まり始めていた。精霊たちが次々と光に向けて膝をつく。


「いったい何が……?」


 急に慌ただしくなった広場にレンが困惑していると、ライアがその前に立った。


『問題ない。私たちも行こう』


 彼女はそう言うとウィルの手を取り、広場に向かって歩き出した。

 周辺に漂う銀色の魔素の輝きを残し、一人の女性がその中心に姿を現した。銀色の長い髪と柔らかな目元をした優しそうな女性だ。透き通るように肌は白く、華奢だがその立ち姿はどこか威厳にあふれていた。

 膝をつく精霊たちの間をライアに先導されたウィルたちが歩く。女性の前まで進むとライアが脇に外れ、ウィルたちを女性の前に並ばせた。

 フルラとネルもその後ろで膝をつく。

 そんな精霊たちの様子に自分たちはどうすべきかセシリアが迷っていると女性がゆっくりと目を開いた。

 ウィルたちの様子に女性が優しげな笑みを浮かべる。


『どうかそのままで……』

「は、はい……」


 その女性は王族出身のセシリアでさえ戸惑ってしまう存在感を放っていた。あんな登場の仕方をすれば誰だってそうかもしれないが。

 ウィルは構わずてくてくと女性に歩み寄った。

 レンが制止する間もなく、ウィルが女性の前で立ち止まる。


「こんばんはー」


 何の緊張感もないウィルに精霊たちからも微かに笑い声がこぼれてくる。

 女性も笑みを深め、ウィルに応えた。


『こんばんは、ウィル。いい夜ですね』

「うぃるのおなまえしってるのー?」

『ええ、もちろん』


 名乗らずとも自分の名前を知っていた女性にウィルが驚いていると、女性は自身の胸に手を当てて小さく会釈した。


『初めまして、ウィル。私の名前はルナ。導く月の精霊、ルナ。覚えておいてね』

「つきのせーれーさん?」

『そうよ』


 ルナと名乗った女性が優しくウィルの頭を撫で、頬を撫でてから離れた。


「月の……太陽と月とその間にある時の精霊……」


 レンが確認するように呟く。そこでふとセシリアが気付いたように息を詰まらせた。

 ライアが言っていた御柱の内の一柱が時の精霊だとするならば目の前のルナはその同格に当たるのではないか、と。昨夜ウィルに起こったことを尋ねるには彼女を於いて他にない気がした。


「あの、ルナ様……」

『なんでしょう?』


 穏やかな様子で向き直るルナにセシリアが一瞬言葉を詰まらせる。


「わ、我が子は……ウィルベルは昨夜、遺跡の魔力に触れてしまい意識を失ったのです。その折にクロノ様と名乗るお方に出会ったと……」

『ええ、聞き及んでいますよ』


 ルナは頷いて、今度は可笑しそうに小さく笑って見せた。それから視線を足元のウィルへと向ける。


『ウィル、クロノが驚いていたわよ。まさか私の方が先に会うことになるなんて、と』

「ごめんなさい……」


 怒られたと思ったのか、ウィルがシュンと肩を落とす。

 それを見たルナがまた可笑しそうに笑って。膝をついてウィルを抱きしめた。


『怒ってなんかいないわ、ウィル。でも、クロノとの約束忘れないでね』

「うん。いせきにはかってにさわんないー」

『そうね』


 ウィルの答えに満足したルナがウィルの背をポンポンと叩いて解放する。

 そうして立ち上がるとルナは視線をセシリアに戻した。


『セシリアさん、驚かせてごめんなさい。でもウィルに別状はありません。少し時の魔力を扱えるようにはなってしまったかもしれませんが、それくらいですよ』

「は、はい……」


 ルナの言葉にセシリアが僅かばかり安堵して息をつく。ウィルのことは心配だらけなのである。そのことをルナも理解しているのか、慈しむような笑みを浮かべた。


『もう一つだけ、あなたたちの心配を解消しておきましょう』

「えっ……」


 驚くセシリアとレンにルナは変わらぬ笑みで告げた。


『ウィルの加護属性についてです……と、言ってもここに私が現れた時点で多くの精霊が理解してしまったでしょうが……』


 ルナがライアに目配せをすると、ライアは黙って頷いた。そして掌に闇の魔力を集め、ルナの前に差し出す。その魔力にルナが触れるとペンダントが出来上がった。

 ペンダントを手にしたルナが見上げるウィルの前に立つ。


『ウィル……』

「なーにー?」

『月の精霊の加護を持って生まれた人の子、ウィルベルよ。このペンダントがあなたの助けになるでしょう。どうか、受け取って』

「くれるのー?」

『ええ、そうよ』


 ウィルはうーん、と唸ってから首をこくんと傾げた。


「ねーさまのぶんはー?」

『えーっと……』


 厳かだった空気がちょっと微妙な感じになった。

 困惑したルナが笑顔のまま汗を浮かべる。


『これはウィルしか扱えないの……』

「うーん……でも、うぃるだけもらうのはちょっとー」


 あ、こいつ断るつもりだ!

 人間が崇める精霊たちが、なお崇める存在からの贈り物を無碍にしようとしている。

 セシリアとレンは焦った。当然、ウィルを知る周りの精霊たちも息を飲む。

 その間に立ったのは、やはりライアであった。


『ウィル、お前の姉たちへの贈り物は他の精霊たちで考えよう』

「ほんと!」


 嬉しそうに反応したウィルにライアが頷く。


『ああ、本当だ。だが、私たちはまだお前の姉たちに会ったことがない。どんな贈り物が良いか分からん。だからまた今度、連れてくるがいい』

「わかったー!」


 諸手を挙げるウィルにセシリアを始め、レンや精霊たちも息を吐いた。心臓に悪すぎる、と。

 その様子を眺めていたルナは思わず笑みを溢した。


『受け取ってくれますか、ウィル』

「あい」


 頷くウィルにやっと贈り物の許しを得たルナがウィルの首にペンダントをかける。

 ウィルはそれを手に取ってしげしげと眺めた。


『ウィル、私たちはあなたたちの来訪を歓迎します。永く、良き友でありますように』

「うぃる、せーれーさんといっぱいおともだちになりたい!」

『ええ。人とも精霊ともその輪を育んで』

「…………?」

『人とも精霊ともいっぱいお友達になりましょう、ってことよ』

「わかりましたー!」


 何とか理解したウィルが嬉しそうな笑顔を浮かべる。

 ルナも満足してウィルから一歩下がった。その視線をセシリアたちに向ける。


『まだ多く、尋ねたいこともありましょうが……今日はこの辺りでお暇させていただきたいと思います』


 精霊たちが頭を下げ、それに倣ってセシリアたちも頭を下げた。


「かえっちゃうのー?」

『ええ。私はあまり長くこの世界に留まっていられない理由があるの』

「せっかくなかよくなったのにー」


 唇を尖らせるウィルにルナは少し困った顔をして、それからまたウィルを優しく抱きしめた。


『ウィル……あなたにはこれから色んな事が起きるでしょう。でも、私はいつでもあなたを見守っていますよ』

「…………? うん」


 名残惜しさを振り払うように、ルナはウィルから離れるとその身に来た時と同じ光を灯し始めた。


『精霊たちよ、ウィルたちの力になってあげて。セシリアさん、レンさん……いずれまた、お目にかかる日もありましょう。その時また、お話致しましょう。それでは』

「あ……」


 ウィルの目の前で、月の魔力に包まれたルナの姿が消える。

 広場はまた元の暗闇へと戻っていった。


「るな、いっちゃった……」


 ぽつりと呟いたウィルが手に握ったペンダントに視線を落とす。

 暗い中でも微かな輝きを残すペンダント。そのペンダントがウィルに何をもたらすのか。この時はまだ誰もそのことを知らずにいた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 月の聖霊ですとー! いよいよウィル君の存在が恐ろしいものに(笑)
[一言] ウィル君の属性が月って……太陽、時、月って上位属性は3つしかないから激レアどころの騒ぎじゃない気がするんですが………。
[一言] お疲れ様ですm(*_ _)m お~何やら重要な方が登場ですね ルナ様素敵オーラが半端ないです ウィルの謎がちょっとずつ明かされて行くんでしょうね~
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