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学舎前の騒動に鉢合う

「ウィール♪ チャチャチャ♪

 ウィール♪ チャチャチャ♪」


 ニーナがご機嫌な様子で街の通りを歩く。

 すれ違う人々がニーナを見て笑みを浮かべた。


「ウィール♪ チャチャチャ♪ ウィルウィル♪」

「何のお歌です? ニーナ様」


 一緒に通りを歩くエリスが尋ねると、ニーナがくるりと振り向く。


「ウィルの歌よ」


 彼女は満面の笑顔で答えると、フンフン鼻歌を歌いながら次のメロディーを探し始めた。

 元気いっぱい、通りを歩く。


「ニーナ様は元気ですね」


 並んで歩くアイカがニーナの背中を見守りながら歩調を合わせる。


 三人は今、王都の市街区の通りを歩いていた。

 中央のメイン通りから二本外れた通りで一般の住宅や小さな商店が軒を連ねている。


 この道をもう少し行けばセレナの通う学舎があった。

 エリスに学舎までの道を教える為にアイカが同行する事になったのだが、ニーナが散歩に行きたがった為、三人でセレナを迎えに来たのである。


 因みに、ウィルはセシリアに見せられた魔法に夢中になっており、結局、魔法書【家庭菜園に使える魔法】の中からいくつか教えるハメになっていた。

 帰ったら庭が無惨な姿になっているかもしれない……


 広場を抜け、商店を横切り、学舎の方へ歩いていくと疎らな通行人が足を止めて何かを見ていた。

 学舎の門の前で誰かが騒いでいる。


「エリス先輩、あれ……」

「……っ!」


 アイカとエリスの視線の先、若い男が子供を抱えて剣を突き付けていた。


「近づくんじゃねぇ!」


 男が周囲を警戒しながら喚く。

 腕の中で、剣を突き付けられた男の子は恐怖で顔色を失っていた。


「ニーナ様」


 アイカが小さく声をかけてニーナを呼び寄せる。

 ニーナは慌ててアイカの後ろに隠れた。


「アイカさん、セレナお姉様が……」


 よく見ると、男の更に先で事の成り行きを見守っている教師や子供達に混じってセレナの姿があった。


「落ち着け……っ!」


 居合わせた騎士が両手を武器から離すように手を上げ、男に呼びかける。

 しかし、男が武器を下ろす様子はない。


「近付くなって言ってんだろ!」


 男が巧妙に距離を取る。

 よく見ると、人質を取っている男の周りに仲間らしき者が三人程いる。

 それぞれ違いはあるものの、武装しているところを見るとどうやら彼らは冒険者らしかった。


 騎士は二人いて、両側から挟み込むように進路を塞いでいる。

 アイカ達がいる通りは隠れるのに適した場所はないし、逃亡するにも逆方向である。


(このまま学舎に立て篭られて、セレナ様まで巻き込まれると厄介ですね)


 エリスが視線をニーナに向ける。

 アイカのスカートをしっかり握っているが怯えた様子はない。

 ただ心配そうな視線を人質の子供や姉のセレナに向けていた。

 普通の子供なら何が起こっているのか分からず怯えても不思議ではない。


(強い娘です)


 自分の事よりも他人の心配をしているニーナにエリスは目を細めた。


(それにしても……)


 今一度、周りの状況に目を向けてエリスが訝しむ。

 人質を取っている冒険者達は何故逃げないのか。

 数的には彼らの方が有利だ。

 騎士の応援もまだ来てない。

 人質を取らずに、今ならどちらか片方を突破して逃げる事もできるはずだ。


 騎士達もそんな事に気づいていない筈がない。

 逃さないように大人数で包囲して逃げ道を塞いでいくのが常套手段なのに。

 何故たった二人で挟み込んでいるのか。

 確かに巡回は二人一組が基本だが、これでは別々の方角から来たようだ。

 少人数でも門まで追い込めば門番と挟み撃ちにできただろう。


 横にいるアイカも同じように状況を飲み込めないでいるようだ。


(なんで逃げなければいけないのか分かってない……? 騎士達は捕まえる気がない……?)


 どちらにせよ推測の域を出ない。

 だが、このまま手を拱いていても状況は悪くなる一方だ。


 意を決したエリスがアイカに向き直った。


「アイカはニーナ様の傍に……私は事態に介入します。何かあれば、あなたがセレナ様とニーナ様を守って下さい」

「エリス先輩……分かりました」


 一瞬迷ったアイカだったが、すぐに気を引き締める。

 エリスが心配そうに見上げてくるニーナの頭を撫でた。


「なにしてんの?」


 気配もなく横から声をかけられて、エリスとアイカがビクリと肩を震わせる。

 いつの間にか、三人のすぐ横にシローが立っていた。


「お父様!」

「「シロー様!」」


 思いもよらない人物の登場に三人とも驚きの声を上げる。

 が、次の瞬間、アイカとエリスの視線がジトリとしたものに変わった。


「「お勤めは……?」」

「あれっ!? 疑われてる!?」


 サボりと疑われて焦るシローに理解の追いつかないニーナが首を傾げる。


「騎士団長の頼みで遣いに出てただけだよ?」


 シローの説明にエリス達は一応納得した。


 彼の登場により、エリス達の間にあった張り詰めた空気は完全に霧散してしまっていた。


「私達はセレナ様をお迎えに上がったのですが……」


 エリスが視線を騒ぎの中心へと向ける。

 その視線を追ったシローが冒険者達と挟み込む騎士達に向けた。


「あー……なるほど……」


 シローが納得したように声を上げる。


「なるほど、って……見ただけで状況が分かるんですか?」


 アイカの疑問も至極当然と言えた。

 シローより先に現場の違和感に触れているのだ。

 ただ、シローはこの状況を理解する情報を彼女達よりも持っていた。

 コリコリと頭を指で掻きながら、シローが左目を閉じる。


「交渉してる騎士達のホントの所属、ウチだからね……」


 シローの言い回しにエリスとアイカが顔を見合わせた。

 それからもう一度騎士達の方へ視線を向ける。

 先程と変わらず、粘り強く説得に当たる騎士達の姿があった。


「「第三騎士団……?」」


 フィルファリア王国の騎士団は腕章の色で所属が分かるようになっている。

 王家の加護精霊である地属性を表す茶色と白を基調とした制服に各騎士団毎に腕章が割り当てられるのだ。

 第三騎士団の腕章は空色で、第二騎士団の腕章は藍色になっている。


 挟み込んでいる騎士達の腕章は第二騎士団を示す藍色になっていた。


 エリスが心配そうにシローを見上げる。


「王都内で……偽装? いったい何が起こっているんですか?」


 騎士団が管轄外で任務を行っているだけでも珍しい事なのに、騎士が騎士に偽装しているという。

 明らかに異常事態である。


 シローは深々と嘆息した。

 現場に偽装した騎士が介入している時点で、この事件は伯爵の息子絡みなのだろう。

 心の何処かで、この一件がいつの間にか解決していればいいな、とシローは思っていた。


 シローは、確かに少しものぐさな所があるが、基本的には心配性であった。

 魔物を相手取るのはいい。

 大した知性を持ち合わせないからだ。

 だが、相手が人間であれば自分以外の者に報復する可能性がある。

 家庭を持つシローにはそれが怖いのだ。


 しかし――


「エリスさん、アイカさん。手伝ってもらっていいかな?」


 目の前で、誰かが理不尽な不幸を被るのを黙って見過ごす事ができないお人好しでもあった。

 遠慮がちに伺ってくるシローに二人は思わずキョトンとした。

 シローは自覚してないが、彼女達の主人は一家の長であるシローなのだ。

 それが下からお願いしてくる様子にエリスもアイカも思わず笑みを零した。


「はい、御主人様♪」

「なんなりとお申し付け下さいませ♪」


 可愛い仕草で了承の意を表す二人に、シローが照れた様に視線を背けて頬を掻く。


「じゃ、行こうか」


 前を行くシローの後ろをエリス、アイカ、ニーナが付いて歩いた。


 四人の姿に気づいた野次馬からざわめきが起き、その口からシローの名が零れ出る。

 その様子を見たニーナが不思議そうにアイカのスカートを引いた。


「アイカさん。お父様って、ひょっとして有名?」


 ニーナの質問にアイカが小さく微笑んで、横で驚いているエリスの顔を見る。


「ええ、とっても。ニーナ様もいつか知る時が来ますよ」


 視線をニーナに戻したアイカの表情はどこか自慢げだった。


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