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山道の逃走劇

 山の勾配を牛車が猛スピードで下っていく。

 小さな小石で車輌が跳ね、カーブの度に振り回される。

 そんな車内で御者の治療に努めていたエリスがひと息ついた。


「なんとか回復できました。命に別状はないでしょう」

「よかった……」


 御者の体を抑えていたターニャも安堵する。

 子供たちは椅子から振り落とされないようにお互いを支え合い、身を縮こまらせていた。

 そんな中、ニーナは思い詰めたような表情をしていた。


「お母様……ウィル……レンさん……」


 ニーナの呟きに気付いたセレナが優しくその背中を撫でる。

 谷底へ落ちていった母と弟。家族同然の使用人。

 風の精霊が一緒にいるとはいえ、心配するのは当たり前だ。セレナもその気持ちが痛いほど分かる。


「大丈夫よ、ニーナ。シュウ様も一緒なんだから……」

「……はい」


 ニーナがセレナの腕の中でこくんと頷く。

 その様子を横目で見ていたエリスが牛車の外に視線を移した。


「来ましたね……」


 エリスの言葉に子供たちが窓越しに外を見る。


「魔獣……!」


 セシリアたちを谷底へ追いやった魔獣の群れを見たニーナが歯噛みする。

 人面に似た四足歩行の魔獣がよだれを振り撒きながら牛車との距離を徐々に詰めてきていた。


「不気味……」

「マンティコアです。普段は森の奥深くに生息している魔獣なのですが……」


 セレナの率直な感想にエリスが簡単な補足をつける。


「このままじゃ追いつかれちゃう!」


 焦るラティの声に、しかしエリスは余裕を崩さなかった。


「問題ありません。屋根の上でアイカが待機しています」

「でも……アイカさんは剣士じゃ……」

「アイカさん、武器を持ってないわ!」


 セレナとニーナがエリスを見上げる。

 アイカは戦闘において片手剣と盾を用いている。

 剣士になりたいニーナもアイカに剣の指導をしてもらっていた。

 幾度かアイカの戦う姿を見たことのあるセレナとニーナだが、アイカが障壁を展開する以外で魔法で行使しているところを見たことがない。

 慌てる姉妹を見下ろしてエリスは笑みを浮かべた。


「アイカはただの剣士ではありません。あの子には普段魔法を使えない理由があるんです」


 そう答えて、エリスが視線を外に向ける。


「もうすぐ見れますよ」

「「「…………?」」」


 子供たちもエリスの視線を追って窓の外に視線を向けた。

 マンティコアの群れが一匹、また一匹と牛車から見えるところまで近付いてくる。

 子供たちが固唾を呑んで見守っていると頭上を飛び越えるように飛来した火球がマンティコアの足元で爆発した。

 吹き飛ばされたマンティコアが追走から脱落する。

 その脇を別の個体が駆け抜ける。

 今度は火属性の弾丸が大量に吐き出され、マンティコアを火だるまにした。

 近づく度に撃退されていく魔獣を見た子供たちがポカンとしたまま、感嘆の息をもらす。


「アイカは火属性魔法の使い手です。基礎を疎かにせず、とても丁寧な魔法を使います。揺れる牛車の上で姿勢制御できるのも訓練の賜物です。ですが……」


 説明するエリスの前で爆発がまたマンティコアを包み込んだ。

 逃走中だというのに全員がその光景を見て苦笑いを浮かべる。


「ウィル様がこの魔法を見たら……」


 派手な火属性魔法を見てウィルが真似しないはずがない。

 下手をすれば屋敷が吹っ飛ぶ。

 子供たちはアイカが魔法を使わない理由を理解した。


「剣術と魔法の高い技能……アイカは攻防力の高い魔法剣士なのです」


 返り討ちにされる魔獣を見ながら子供たちが目を輝かせる。

 どうやら安心してくれたようである。

 後はどれほどの魔獣が追走してくるのか、上空にいたローブの男が戦闘に加わってくるかだが。


(アイカ……頼みましたよ)


 エリスは胸中で呟くといつでも動き出せるように戦況を見守った。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「クソが……」


 次々とマンティコアを撃退するアイカを見下ろしてローブの男は舌打ちした。

 魔獣をけしかけて相手が逃げ惑う姿を眺めたかったがあてが外れたようだ。

 ローブの男がアイカに向けて手をかざす。


「来たれ、風の精霊! 突風の魔弾、

 我が敵を撃ち抜け疾風の砲撃!」

「来たれ、火の精霊! 灼熱の境界、

 我らに迫りし災禍を焼き尽くせ炎の壁!」


 男から放たれた風属性の魔弾がアイカの障壁に阻まれる。

 凌いだアイカは素早くマンティコアに手をかざした。


「来たれ、火の精霊! 火炎の魔弾、

 我が敵を焦がせ焔の砲火!」


 アイカの魔弾に触れたマンティコアが勢いよく燃え上がる。

 上空からの牽制だけでは大した成果を挙げられない。

 迎撃の手を止めるなら男自らアイカと相対するしかない。


「やるか……」


 抵抗するなら自らの手で始末する。

 それは男にとって当然の判断だった。

 牛車に乗り込もうと決断した男が忍ばせてある曲刀に手をかける。

 幾度となく血を吸った愛刀だ。

 これから訪れる惨劇を想像した男は舌なめずりをした。

 そのまま牛車に乗り込むタイミングを計っていると男の懐から唐突に音が鳴り響いた。


「ちっ……」


 苛立たしげに舌打った男が懐から通信用の魔道具を取り出す。


「なんだ? 今いいところなんだぞ……」

『す、すいません……ですが、厄介な事に……』


 魔道具から響く部下の声に焦燥が混じっており、興を削がれた男が曲刀から手を放した。


「何があった?」

『ワイバーンの群れです。それも、もの凄い数の……』

「はぁ?」

『誰かが竜域に手を出したんじゃ……』


 部下からの報告に男が顔をしかめる。

 竜域と聞いて真っ先に頭に浮かんだのはその地域の担当になっている鼻持ちならない同僚の女の顔だ。


「あのクソババァ……余計なことを……」

『どうしますか?』

「……すぐ戻る」


 部下からの通信を切って、男が眼下を見下ろした。

 牛車は逃走を続けており、その後をマンティコアの群れが追っている。

 男も追えばすぐに追いつける距離だが、深追いしてワイバーンの群れに見つかるのは厄介だ。


(まさか、味方の……それも違う地域の担当に水を差されるとはな)


 結局、男は撤退する事に決めた。

 お楽しみを邪魔されて気分が悪い。


「命拾いしたな」


 男はそう言い捨てると別の魔道具に魔力を込めて忽然と姿を消した。



「消えた……?」


 魔獣と男の双方を警戒していたアイカが訝しげに呟く。

 上空で留まったと思ったら突然消えたのである。


(奇襲……?)


 あくまで魔獣を警戒しつつ、男の襲撃に備えるが特に襲ってくる気配はない。


(諦めたの……?)


 迷いが生じるがアイカの疑問に答える者はいない。

 アイカは意を決すると近付いてきた魔獣に手をかざした。


「来たれ、火の精霊! 火炎の魔弾、

 我が敵を焦がせ焔の砲火!」


 一斉に放たれた魔弾がマンティコアを直撃し、炎に包まれて怯んだマンティコアが後退する。

 アイカは即座に魔力を練り直し、男の襲撃に備え直したが奇襲はなかった。

 周りに男の気配もない。

 どうやらこの場を去ったと判断しても良さそうだ。

 原因は分からないままだが。


(今は気にしていてもしょうがない)


 男は去ったが脅威がなくなったわけではない。

 マンティコアの群れから逃げ延びなければ。

 しかし、アイカにとって上空を気にしなくて良くなったのは好都合だ。


「やってやるわ」


 気合を入れ直したアイカが両手をマンティコアに向ける。


「来たれ、火の精霊! 爆炎の乱舞、

 我が敵を包め緋色の嵐!」


 圧縮された魔力がマンティコアの群れを包み込み、一際大きな爆発音がロクス山に響き渡った。


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