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悪意

●キャラクター

ブラウン……トルキス家の門番の一人、エジルと契約しているリスの姿をした土属性の幻獣。周辺を探知する能力に長けている。


 真っ白なローブに身を包んだ女が空に立っていた。

 深く被ったフードで顔は見えず、縁取りは金の刺繍がある。


「いい眺めね」


 飛竜の群れに襲われて焼け焦げる街を見下ろして、女はポツリと呟いた。

 これで名乗りを上げられればさぞかし愉快だろうと思うのだが、今はまだその時ではない。


「まぁ、いいわ……」


 できない事に執着していても仕方がない。

 今は与えられた魔道具の力で隠密と空中散歩を楽しめればいい。

 それにしても、である。


(予想外だったわね……)


 流石に竜種を魔道具の筒で捕獲することはできず、彼女は代わりに用意した特別な香水を竜域で使用した。

 使用者を主と誤認させ、香水の匂いにあてられた魔獣を攻撃的に変化させる特殊な道具だ。

 だが、習性が勝ったのか匂いを嗅いだ竜種たちは一斉に渡りを開始してしまった。

 開発部の話では古代の技術を用いた開発段階の香水らしいので実用化できるのはまだ先のようだ。


(私にお似合いの道具ではあるのだけどね)


 虜にできるというのは気分がいいものだ。

 それほど、彼女は自分の容姿に自信を持っていた。

 だから、自分の事を受け入れない男たちが気に食わなかった。

 自分になびかない世界なら滅んでしまえばいい、と。


「フフッ……見ていなさい。いずれ私がこの世界を支配する側になる」


 自らの野望を口ずさみ、彼女はしばらく傷ついた街の風景を楽しんでいた。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「……ねむいの」


 セシリアに手を引かれたウィルが空いた手でまぶたを擦る。

 その様子にレンがため息をつき、メイドたちも苦笑いを浮かべた。


「こうなるだろうと思っていたけど……」


 困った顔をしたセシリアがウィルの顔を覗き込む。


「昨日、寝るのが遅かったからよ?」

「うんー」


 まぶたの半分落ちた目で頷くウィル。

 ウィルは昨夜テンションが上がり過ぎてなかなか寝付けなかったのだ。

 大人たちから見たらこの結果は予想できた事で、案の定といったところだろう。

 昨日と変わらず午前中は研究所を見て回り、大はしゃぎしたウィルは帰りの牛車を待つ間にとうとう船を漕ぎ始めた。


「ほら、ウィル」

「んー……」


 セシリアに抱き上げられたウィルがその肩に顔を埋める。

 セシリアはよいしょ、と我が子を抱え直した。


「いかが致しましょうか、セシリア様」


 レンがウィルの様子を見てセシリアに伺いをたてる。

 彼女は少し思案するとレンに向き直った。


「牛車を分けましょう。レン、申し訳ないけど私たちと一緒に乗って」

「かしこまりました、セシリア様」


 オルフェスが仕事で残るため行きよりも人数が少なく、セシリアはレンとウィルを連れて後方の牛車へ、他の者を前の牛車へと振り分けた。

 ウィルがゆっくり眠れるようにとの配慮である。


「さぁ、帰りますよ」

「「「はーい」」」


 セシリアの言葉に子供たちが返事をし、見送りに出てきたオルフェスとシエラに別れを告げ、研究所を後にした。



 セシリアがウィルの頭を膝に載せ、横向きに寝かしつける。

 それを手伝ったレンがセシリアと向かい合うように座った。

 元々坂道を行くことを想定して作られた牛車は乗っていて普通の馬車と大差のない乗り心地になっている。

 ウィルの姿勢の安全を容易く確保できて、二人はひと心地ついた。


「ゆっくりおやすみなさい、ウィル」

「ん……」


 無抵抗で眠りに落ちていくウィルの頭をセシリアが優しく撫でる。

 レンはその様子をしばらく無言で眺めていた。

 お互い何も言葉を交わさぬまま、しばらく牛車の揺れに身を任せる。


「レン……」


 ややあって、セシリアが口を開いた。

 セシリアが少し悩んでいる事に気付いていたレンは落ち着いた様子でセシリアを見返した。


「はい、セシリア様」

「ウィルのことなのだけど……」

「……クロノ様という時の精霊様のお話ですか?」


 レンの言葉にセシリアが小さく首肯する。

 他のメイドたちとは違い、友人としての側面を持つレンはセシリアからこうして相談を受けることも多い。

 元は有名な冒険者であるレンの経験はセシリアにとって大きな助けになっていた。


「時の精霊様の存在は言い伝えでは有名だけど……」

「確かに、使い手の存在は確認されておりません」


 国によって秘匿されている可能性がなくはないが、冒険者ギルドでの公式な発表でもそういった話は聞いたことがない。

 もっとも、冒険者ギルドも個人の能力を公表するようなことはしないが。


「日に日に、ウィルへの心配が膨らんでいく……」


 最初こそウィルの才能に驚きこそすれ行き過ぎた力というのは嬉しい反面、不安も感じずにはいられない。

 それが贅沢な悩みだったとしてもだ。

 そのことを感じ取ったレンがセシリアを安心させるように表情を緩めた。


「確かに、ウィル様のお力は計り知れないものがあります。ですが、私はそれほど心配はしていませんよ」

「レン……?」


 気休めにしてははっきりと断言するレンにセシリアが不思議そうな顔をする。


「ウィル様は魔法や精霊様のことが大好きで、慈しむ心を持っておいでです。好奇心が勝ってたまに失敗したりもしますが、無邪気で素直。他の子供たちとなにも変わりありません」

「そうね……」

「で、あれば。それを教え導くのは私たち大人の仕事です。ウィル様のお力が強かろうと弱かろうと関係ありません」

「ええ……」

「だから気に病まないでください。私たちがついています」

「ありがとう、レン」

「どういたしまして、セシリア」


 友人として振る舞うレンにセシリアが顔を綻ばせた。

 レンがその表情に頷き返して続ける。


「それに時の精霊様の話が本当だとして……時の精霊様がウィル様に危険な真似を促すようなことはしないと思います」


 ウィルの話では遺跡の魔法に触れたことをクロノに嗜められている。

 裏返せば時の精霊もウィルの心配をしているということである。


「その存在が本当に時の精霊かどうか、私には分かりませんが……そういうことは一片か精霊様に尋ねてみるのがいいかと」

「そうね」


 セシリアの表情にも普段の柔らかさが戻ってきた。

 もう大丈夫だと、レンが椅子に座り直す。

 二人はそのまま他愛もない話をしながら外の景色を楽しむのだった。



 牛車が渓谷の橋に到達した頃、ウィルはまどろみの中にいた。


(ここは……?)


 はっきりしない頭で周りを確認しようとするがどうも上手くいかない。


(うむぅ……)


 もどかしさを覚えてウィルは魔力を込めた。

 ツチリスのブラウンの真似をした周辺を調べる魔法を発動する。

 周囲探知と言うらしいがウィルにはまだよく分かっていない。


(かーさま……れん……)


 自分の頭に触れる優しい気配と近くにいる力強い気配。

 馴染み深い気配にウィルが安堵する。


(おそとは……はし。おやまとおやまのまんなかくらい……)


 そして山はとても強い地属性の魔素で満たされている。


(おうちとおんなじ……)


 トルキス邸も同じように風の一片の魔素に包まれていた。

 この山もそれと同じような感じだ。

 おそらく、これがセシリアが言う地竜様のものなのだろう。

 ウィルから少し離れたところにはセレナたちの気配がある。

 なんとなく違う牛車に乗っているのが分かる。

 そしてそれを引く牛の魔獣に御者。

 地属性だけではない、様々な属性の魔素。

 ウィルを包む世界はどれもとても優しい。


(あれ、なんだろー……)


 その中で、ウィルは空に浮かぶ黒い塊を見つけた。

 ウィルが感じ慣れない気配に意識を伸ばしていく。

 滲み出るような淀み、いや暗い感情。

 それはこちらに向けられた、明確な悪意――



「きゃっ!?」


 いきなり跳ねるように起き上がったウィルにセシリアが短く悲鳴を上げる。


「ウィル、いったいどうーー」

「れん!」


 セシリアの声を遮って、ウィルがレンを見る。

 レンもセシリアと同じように驚いていたような顔でウィルを見ていた。


「おそらからわるいまりょくがくる!」

「「――――っ!」」


 ウィルの言葉で事態を察したセシリアとレンが同時に動く。


「来たれ樹の精霊! 深緑の境界、

 我らに迫る災禍を阻め樹海の城壁!」


 セシリアが牛車の周りに防御壁を張り巡らせる。

 と、ほぼ同時に何かが防御壁に直撃し、爆音を響き渡らせた。


「しまった……防御壁が!」


 広がりきる前の防御壁が相殺されたのを感じてセシリアが顔をしかめる。

 その間にレンが扉を押し開いて上空に視線を向ける。


「アレか!」


 空に浮かぶ人影を見つけてレンが目を細めた。

 見覚えのある白いローブに金の刺繍。

 遠目には分かりづらいが先日起きた魔獣騒動の時とは別人に見える。


「不味い……!」


 その手に握られた筒が魔力の光を帯びて、次の瞬間、召喚された魔獣たちがウィルたちの乗る牛車の側面に姿を現した。


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