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魔法と浄化

 フィルファリア王立精霊魔法研究所――

 その名の通り、精霊魔法や属性魔法を研究する施設である。

 新しい魔法から古い魔法までありとあらゆる魔法を研究し、その知識を廃れさせることなく後世へ伝えていく事を主な役割としている。


「何をしておるんじゃ……?」


 研究所の門をくぐったオルフェスは居並ぶ研究者たちを見て眉をひそめた。


「なにって……お出迎えです」


 眼鏡をかけた女性研究者の一人が周りを代表するように答える。

 研究者たちは皆、ウィルたちを出迎えようと各々集まってきたらしい。

 その様子にオルフェスはため息をついた。


「いやいや、見学にならんじゃろうが」

「そんなことはございません。皆、お出迎えが済んだら仕事に戻りますので」


 女性研究者が悪びれた様子のない笑みを浮かべてオルフェスを見返した。


「それに無理ですよ……新しい魔法を作り出した子供が来るなんて言われたら研究者の我々が興味を持たないはずありませんもの……」

「そうか……そうじゃろうなぁ……」


 オルフェスが顎髭を撫でつつ唸る。

 彼女らは研究者だ。

 いつだって未知のものを探求している。

 ただでさえ目を引くウィルに興味を示したとしても不思議ではない。

 ただ、ウィルは魔法が使える事を除けば普通の幼子と変わりはない。

 あまり特別視して欲しくないという思いがトルキス家の大人たちにはあった。


「度を越さんようにな」

「もちろん。心得ておりますわ」


 オルフェスの承諾を得た女性研究者は柔らかな笑みを浮かべ、他の研究者たちに向き直った。


「さぁ、皆さん。部署の方へは順次ご案内致しますのでお仕事へ戻ってくださいな」


 手を叩いて告げる女性研究者に他の研究者たちが各々返事をして持ち場へ戻っていく。

 ウィルがその後ろ姿をポカンと眺めていると女性研究者がウィルたちの前に進み出た。


「さぁ、皆様、お疲れでしょう。まずはお部屋にご案内致しますわ」


 案内を買って出た女性研究者が踵を返し、ウィルたちを先導するように歩き出した。




 ウィルたちを先導した女性は副所長のシエラと名乗った。

 荷物を運び込むメイドたちと別れ、ウィルたちはシエラについて歩く。

 そうして応接室に通されたウィルたちは彼女に勧められるままソファに腰を下ろした。


「おちつくー」


 不意に漏らしたウィルの呟きに大人たちが笑みをこぼす。


「ふふっ。今、水をお持ちしますね」


 シエラがワゴンに乗せられた水差しとコップをウィルたちの前に運んだ。


「それも魔道具なんですか?」


 水差しの意匠を見たセレナの質問にシエラが笑みを浮かべる。


「そうですよ。研究所には色んな魔道具も揃っています」

「へぇ」


 シエラは感嘆するセレナの前にソッと水差しを置いた。

 銀の意匠が施された水差しの中央に水と土の小さな精霊石が横並びに並んでいる。


「お水なのに土なの?」


 ニーナが水差しに嵌め込まれた精霊石を見て首を傾げた。

 他の子供たちも同じように水差しの精霊石を眺める。

 その横にシエラがガラスのコップを順番に並べ始めた。


「皆さんは水を出す初級魔法を使えますか?」

「つかえるー」


 シエラの質問にウィルが元気よく手を上げる。

 本来ならウィルほどの子供が魔法を使えたりしないので、大人たちからすればその様子は微笑ましいものだ。

 特に初見のシエラには。


「素晴らしいですね」


 子供たち全員が手を上げ、それを見たシエラが目を細める。

 そしてコップの一つに杖を翳した。


「水よ」


 分かりやすく言葉を添えて、シエラが初級魔法でコップに水を満たす。


「ご覧の通り、初級の水魔法です。ですが、この水は飲めません」

「えー? のめないのー?」


 コップに注がれた水を覗き込んだウィルが首を傾げてシエラを見上げる。


「はい。正確には、飲むのに適してないんです」

「…………?」


 シエラの言い回しが理解できず、ウィルは疑問符を浮かべた。


「普段なにげなく使用されている水魔法は周辺の色んな不純物を取り込んだ状態です。毒ではありませんが、下手をすると水に当たってしまう可能性があります」

「あたる……?」


 ウィルが首を傾げるとシエラが小さく笑みを浮かべた。


「簡単に言うとお腹が痛くなったりしちゃうんです」

「あー、あれはやだー」


 ウィルが自分の身に起きた事を思い返して心底嫌そうな顔をする。


「そうですね。そうならないようにする為には水を浄化しなければなりません。その水差しの土の精霊石はその為についています」

「へー……」


 ニーナが感心したように呟いて土の精霊石を撫でた。


「土の精霊よ、水を浄化せよ」


 シエラが先程注いだコップの隣に新たな水を生み出す。

 ウィルの目には浄化されたきれいな水の魔力がしっかりと映っていた。

 シエラの言葉の意味を理解してウィルが目を輝かせる。


「はい、どうぞ」


 シエラからコップを受け取ったウィルがこくこくと喉を鳴らしながら水を飲む。


「とってもおいしーです♪」


 コップを置いたウィルが満面の笑みで答えるとシエラも笑みを返した。

 それから他のコップにも水を注いで皆に配っていく。


「土属性の他に樹属性でも水の浄化ができますよ」

「きぞくせー……?」


 樹属性は上位の魔法なので一般的には土属性の魔法で浄化される。

 こうした魔法技術は日々研究が重ねられ、実に様々な場所で人々の生活を支えていた。


「わかった!」


 考え込んでいたウィルが何かを閃いて顔を上げる。


「どうかされました?」


 シエラが興味深そうにウィルの顔を覗き込むとウィルは目を輝かせ、嬉々として答えた。


「おちゃ!」

「おちゃ……?」


 シエラが首を傾げる。

 その横でウィルが言わんとしていることに気付いたセレナが笑みを浮かべた。


「たぶん、水と葉っぱでお茶ができると思ってるんです」

「そー、それー」


 セレナがシエラに説明するとウィルはこくこくと頷いた。

 それを見たシエラが思案げに唸る。


「うーん……樹属性の浄化でお茶を作るなんて話は聞いたことがありませんね」

「やってみる!」


 意気込んだウィルが杖と精霊のランタンを取り出してコップの前に立った。

 杖でコップを指し示し、シエラが行使した魔法の一部を樹属性に置き換えてイメージする。

 ランタンの精霊石が魔力に反応して輝き始めた。


「きのせーれーさん、おちゃをくださいなー!」


 ウィルの杖先から液体が溢れ、コップを満たしていく。


「「「…………」」」


 見守っていた人々は魔法の発動に驚き、そして生み出された液体を見て言葉を失った。

 コップには緑色に濁った液体がなみなみと注がれていた。


「…………ウィル?」


 立ち直るのが一番早かったセシリアが代表するようにウィルへ問いかける。

 皆と同じように呆けていたウィルがセシリアを見上げた。


「それはなに?」

「お、おちゃ?」


 コップに注がれた液体の色を見て自信を失くしたのか、ウィルがセシリアの質問に首を傾げる。


「だ、だいじょーぶ! じょーかはされてるもん! ……たぶん」


 目一杯虚勢を張るウィル。

 とはいえ、精製された未知の液体を飲もうというものはなく。


「捨ててもらうしかないかしら……」

「いえいえ。魔法で生み出された全く新しい飲み物かもしれません。成分を研究してみるというのも悪くない考えかと……」


 困り顔を浮かべるセシリアにシエラが苦笑いを浮かべてやんわりとフォローを入れる。

 ウィルはというと魔法が上手くいかず、少し肩を落としていた。


「どんまいよ、ウィル」

「あい……」


 落ち込むウィルをニーナが励ましていると、応接室の扉が開いて、荷物を置きに行っていたレンたちが戻ってきた。

 室内の微妙な空気を感じ取ったレンが首を傾げる。


「いったい、何事です?」

「レン、実は……」


 セシリアがウィルの作り出した飲み物を説明すると、レンはひと目その緑色の液体を見て、それから少し落ち込んでいるウィルに向き直った。


「ウィル様。浄化は上手にできましたか?」

「うん……」

「そうですか」


 ウィルの答えにレンがいつもの表情で頷いてみせる。

 そして緑色の液体の注がれたコップを手に取った。


「失礼します」


 レンはそう言い置くと小指の先を液体につけ、その液体を舐め取った。


「ちょ、ちょっとレン、大丈夫なの?」

「ふむ……」


 慌てるセシリアを気にした風もなく、レンが液体を口の中で転がして吟味する。

 そしてコップに口を付けた。


「うわぁ……」


 子供たちが見守る前でレンが緑色の液体を飲み始めた。

 一気にすべて飲み干して、コップをテーブルへ戻す。


「……ご馳走様でした。ウィル様」

「…………」


 驚きにポカンと口を開けたまま固まるウィル。

 そんなウィルにレンが笑みを浮かべて続けた。


「お茶にしては少し濃かったですね。今度はもう少し薄くしてみるのはどうでしょうか」

「……うん、うん!」


 ウィルは力強く頷くと、またコップに向かって魔力を集中し始めた。

 子供たちの様子を横目にセシリアがレンに向き直る。


「レン、本当に平気?」

「はい、セシリア様。確かに苦味が強いものでしたが、ちゃんと飲めるものでした。野菜汁に近いでしょうか。冒険者時代に一度、それを健康食として振る舞われたことがあります。その時は、もっと内容物が残っていて飲みにくいものでした」


 過去に思いを馳せて遠い目をするレン。

 その表情を見て、セシリアも少し安堵した。

 少なくとも飲み物ではあったようだ。

 レンに言わせると魔法で抽出した分、ウィルが作ったものの方が飲みやすかったらしい。


「できたー!」


 ウィルの声に目をやると、今度は満足いく出来映えだったのか嬉しそうにはしゃぐウィルと拍手を送る子供たちの姿が映った。

 コップに満たされた液体も薄茶色のきれいな色だ。

 琥珀のように輝いている。


「これなら僕たちでも飲めそうだね」

「どーぞー」

「ありがとう、ウィルくん」


 ウィルからコップを差し出されたバークが受け取って礼を言う。

 彼はそのまま液体を口に含み、目を見開いて噴き出した。


「にがぁぁぁぁあい!」

「お兄ちゃん! きたない! もう!」

「水! みず!」


 ラティの叱責を無視してのたうち回るバークにセレナが慌てて水を渡し、その様子を見たニーナがお腹を抱えて笑い転げる。

 どうやら薄くなっていたのは色だけだったようで。


「おおぅ……」


 思わぬ大惨事を招いたウィルは怯えたように後退ってレンの足にぶつかった。


「ウィル様」

「あい……」

「お茶を作る魔法は禁止です」

「うぃるも、それがいーとおもう」


 こうして、思いつきで開発されたお茶魔法はバーク少年の尊い犠牲をもって禁術に指定される事になった。


●人物

シエラ……精霊魔法研究所の副所長。


●魔法メモ

お茶魔法……ウィルが樹属性で水を浄化する事から着想を得た新魔法。なぜか苦味が強く、レンによってウィルの禁術その2に指定される。


ウィルの禁術

1、副腕カンチョー(ドリル含む)

2、超絶苦味お茶(new)

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