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続・シローのお仕事

 フェリックスの屋敷は王都の内周区にある。


 ここはフィルファリア王国の貴族の中でも位の高い者達が豪邸を構えている。

 一応外周区と内周区の間には門番がいるのだが、シローは顔パスで通れた。

 内周区には先の公爵にして義父、オルフェスの屋敷もある。

 オルフェスの娘婿なのだから何度も行き来している内に覚えられてしまったのだ。


「ここか……」


 とある屋敷の前で足を止める。

 派手さはないが、落ち着いた雰囲気の豪邸が目の前にあった。

 守衛に声をかけ、敷地内に通される。


「シロー様」


 透き通るような声に呼び止められ、シローが振り向いた。

 ドレスに身を包み、庭で花を愛でていた女性達の中から儚げな印象の女性がこちらに近付いてきた。


「お兄様に御用ですか?」

「ええ。ガイオス騎士団長の命令で」

「まぁ! ガイオス様の!」


 ガイオスの名前を聞いただけで女性の顔が華やぐ。


「あいにくガイオス騎士団長は多忙でこちらに出向く事が出来ませんでしたので、代わりに遣わされた次第で……」


 当たり障りのない言葉で誤魔化す。

 彼女こそがガイオスがフェリックスの屋敷へ行きたがらなかった本当の理由であった。


「そう……ですか……」


 明らかに落胆する女性にシローの胸が締め付けられる。

 大嘘ついて女性を悲しませているのだ。


(なんだってこんないい娘があの熊に……覚えてろよ、熊め)


 正直、拒む理由が分からない。

 シローが恨めしい気持ちでいっぱいになっていると、テラスから声がかかった。


「リリィ、シロー殿をあまり困らせるんじゃないよ」

「お、お兄様……」


 身を乗り出して手を上げるフェリックスにシローがペコリと頭を下げる。


「シロー殿、どうぞ中へ」


 フェリックスはそう言い置くと、屋敷の中へ移動した。

 シローはそれを見送って、視線を彼の妹の方へ戻す。


「申し訳ございません、シロー様……」


 気落ちしたまま、頭を下げてくるリリィにシローが笑みを返した。


「とんでもございません、リリィ様。お気になさらず。あ、そうだ……」

「…………?」


 何かを思いついたように呟くシローに、リリィが不思議そうな表情を浮かべる。

 シローは顔を寄せ、リリィにそっと耳打ちした。


「今度、ガイオス騎士団長と二人きりになれるように取り計らいますね」

「……えっ?」


 キョトンとした表情から一変、リリィの顔が一瞬で真っ赤になる。


「あ、ああああの、シロー様、いいいいきなり二人きりにさ、されても、あの……」


 唇を震わせるリリィにシローが思わず吹き出してしまう。


「もう、意地悪ですわ。シロー様」


 慌てて女性達の元へ戻っていくリリィを見送って、シローは屋敷へと入っていった。



 応接間に通されたシローはガイオスより預かった封書をフェリックスへ差し出した。


「困ったものだ……」


 封を切り、中の報告書に目を通していたフェリックスが嘆息する。


「申し訳ございません。ガイオス騎士団長が一刻も早くフェリックス様にご報告を、と。第三騎士団としましても持ち場を離れ、第二騎士団と事を構えるわけにも……」


 丁寧に謝罪を述べるシローに、フェリックスが相好を崩した。


「いえ、カルディ伯爵の事ではないですよ」

「はぁ?」


 言葉の意味が分からず、シローが疑問符を浮かべている。

 フェリックスが咳払いをして口元を隠した。


「ガイオスはいつになったらリリィを口説きに来てくれるのかと、ね」

「あ、あはははは……」


 どうやらお兄様にはバレバレらしい。

 愛想笑いを浮かべるシローにフェリックスが椅子に座り直す。


「カルディ伯爵の動きはこちらでも監視しているよ。何かと黒い噂が絶えないからね。ただ無心を働いている息子の方はノーマークだった」

「伯爵の方は何か手を打つつもりですか?」

「物証がなくてね……叩けばいくらでもホコリは出そうなんですが。中途半端に手を出して逃げられると後々厄介ですから、やるなら一発で仕留めたい」


 思考を巡らせるフェリックスから笑みが消える。

 普段から柔和な顔立ちで飄々としている印象の宰相ではあるが、いったい何手先まで読んでいるのか。


 今の表情は彼が相当な切れ者である事をシローに再認識させるには十分だった。


「そろそろお暇させてもらいますね」

「ああ、長居させて申し訳ない」


 シローの申し出に、我に返ったフェリックスが慌てて立ち上がる。


「第二騎士団長には私から報告しておくよ」

「お手数おかけします」


 頭を下げるシローにフェリックスが微笑みかける。


「もし、その手の輩を見つけたら遠慮なく叩き伏せてもらって構わないですよ。シロー殿も治安が悪いのは落ち着かないでしょうし」

「ははっ……」


 シローも妻子のある身だ。

 今回のような事件は気分のいいものではない。

 それが身内にも牙を剥くというのであれば許せる筈がない。


 フェリックスはシローがどこまで事を起こす人間か、よく知っていた。

 シローとて手を出す以上は二度と歯向かうような気にさせるつもりはない。

 フェリックスの言葉は「手を下すのであれば宰相が後ろ楯になる」という密約であった。


「それから……ガイオスにも宜しく伝えておいてください」

「……了解です」


 言葉に含む部分を感じてシローも笑みを浮かべた。


 シローがフェリックスの屋敷を出る前に、リリィがもう一度シローの元へやってきて「例の件、お願いしますね」と頬を染めながら頭を下げてきた。


 シローはそこでも「了解です」と、いい笑顔で返事をして屋敷を後にした。


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