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らくちゃーく

「お心準備はよろしいですか? リリィ様」


 トルキス邸の応接室にて。

 静かに尋ねてくるマイナを正面から見返したリリィは息を呑んだ。

 ここから先に進めばもう後には引けない。


(もし、ダメだったら……)


 リリィの頭の中を不安がよぎる。

 マイナはその様子を急かすでもなく柔らかな表情で見守っていた。

 リリィが自分の胸に手を当てて目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。

 マイナは分かってくれている。怖くないはずがないのだ、と。

 ひとつふたつと呼吸を繰り返し、リリィが身のうちの不安を追い出していく。

 大丈夫だ。一度は死を覚悟して、決めたではないか。

 この想いを伝えようと。

 ゆっくりと目を開けたリリィの瞳に決意の火が灯る。


「大丈夫です」


 リリィが笑みを浮かべて小さく頷く。

 みんなが応援してくれているのだ。

 特に目の前のマイナはリリィの為に秘策まで用意してくれている。


「参りましょう」

「では、こちらへ……」


 マイナの案内に従ってリリィが歩き出す。

 長年の想いに決着をつけるために。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「くまのおじさん、こっちー」


 ウィルに促されたガイオスが周りの者たちの注目を浴びながら前に出る。


「ここでいいですか? ウィル様」

「そー、そこでいーよー」


 こくこくと頷くウィル。

 ガイオスと対峙したウィルが手にした杖を振り上げた。


「きたれ、つちのせいれいさん! だいちのかいな、われをたすけよつちくれのふくわん!」


 魔素と魔力が結びついてウィルの周囲に三対六本の副腕が出現する。

 周りから感嘆の声が上がった。

 続けてウィルが杖でガイオスを指し示す。


「いけー!」


 ウィルの意思を汲んだ四本の副腕がガイオスの四肢を捕まえた。


「ぬぉ……これは……」


 ガイオスが驚きに身をよじる。

 小さな腕に支えられているように見えて、ガイオスの体はピクリとも動かなかった。


「どーお? くまのおじさん」

「全然動かん……」


 困惑するガイオスにウィルがえへへと嬉しそうな笑みを浮かべた。

 それを傍から見ていた空属性の精霊スートが満足気に頷く。


「ウンウン。いい感じに改善されたな」

「見てあげたんですか、スート?」


 カルツが尋ねるとスートが鼻を擦りながら笑みを浮かべた。

 ウィルの【土塊の副腕】はまだ未完成で改善の余地がある。

 本来新しい魔法を作るのに必要だった精霊が足りなかったからだ。

 その足りなかった部分をスートが手直しし、【土塊の副腕】に改善を施したのだ。


「ああ、見てみろよ! あんな小さな腕で完全に大男の動きを封じてるんだぜ!」


 以前は動きを封じるにしても力技だった。

 それが魔法効果によるものに変わり、魔法としてのランクが一段上がっていた。

 得意気なスートにその契約者であるカルツが深々と嘆息する。


「全く、あなたは……ウィル君はまだ幼いんです。使いやすいようにするならまだしも、魔法を強化してどうするんですか?」

「は? してねーよ。アレはもともとあーいう魔法だ」


 何事か言い合うカルツたちを他所にウィルの魔法を見ていた大人たちが思い思いの表情を浮かべる。

 特にドナテロたちはウィルの魔法を実際に見るのは初めてでポカンと口を開けてしまっていた。

 そのどれもに好意的な感情を覚えたウィルが照れ笑いを浮かべていると、門の方から昼食会への新たな参加者が姿を現した。


「なっ……!?」


 近付いてくる参加者の顔を見たガイオスが驚愕する。

 ウィルも気がついて振り向くと、その人物に表情を綻ばせた。


「あー! りりぃおねーさんだー」


 マイナを伴って姿を現したリリィにウィルがおーいと手を振る。

 リリィはそれに笑顔で応えて、ウィルたちの方へ歩み寄ってきた。


「あ、ああ、そうだ! 用事を思い出した。ウィル様、副腕を仕舞ってくれると嬉しいのだが……」

「えー……?」


 慌てた様子で拘束から逃れたがるガイオスにウィルが唇を尖らせる。明らかに不満顔だ。


「りりぃおねーさんにもみてもらうのー!」

「そ、そう言わずに……な?」

「いーやー」


 ガイオスの訴えは却下された。

 拘束されたガイオスの下までやってきたリリィとマイナにウィルが得意気な笑みを浮かべる。


「みてー、くまのおじさんつかまえたのー」

「ナイスですよ、ウィル様」


 マイナに頭を撫でられたウィルが嬉しそうに身を任せる。

 そして二人で少し距離を離した。

 ガイオスとリリィが二人で向き合う空間を作るためだ。


「ご機嫌麗しゅうございます、ガイオス様」

「あ、ああ……」


 頭を下げるリリィを前にガイオスが唯一動く顔を背ける。


(思えば、いつもそう……)


 二人きりで話す機会を得るとガイオスはいつもこうして顔を背ける。

 子供の頃はそんな事はなかったのに。

 耳まで赤くしたガイオスの横顔をまっすぐ見ながらそんな風に考えていたリリィはゆっくりと話し始めた。


「今日、こうしてこちらに伺いましたのはガイオス様とどうしてもお話したかったからです」

「そ、そうか……」


 かしこまって話し続けるリリィにガイオスが汗を浮かべる。

 その様子を横から見ていたウィルがムッと眉をひそめた。


(くまのおじさん、りりぃおねーさんのかお、みてないー)


 セシリアもレンも話す時は相手の顔を見るようにとウィルに言い聞かせている。

 それをガイオスがないがしろにしている姿を見て機嫌を損ねたのだ。


(りりぃおねーさん、おはなししてるのにー!)


 プンプンと頬を膨らませたウィルが杖を振る。

 待機していた二本の副腕が飛翔し、ガイオスの頭を左右から挟み込んだ。

 これでガイオスの顔をリリィの方へ向けるのだ。


「えいっ!」



 グキッ――!



 変な音がした。

 ウィルは満足そうにウンウンと頷いたが、ガイオスの顔の角度は微妙に傾いている。

 いきなり顔の向きを変えられたガイオスは軽く目眩を覚えたが、目の前のリリィは真剣そのもの。

 ジッとガイオスと視線を合わせた。


「ガイオス様……リリィはガイオス様の事を愛しております」


 いきなりの告白に見守っていた者たちからどよめきが起こる。

 それを気にした風もなく、リリィは続けた。


「長く思いを馳せ、お待ちしておりましたが……もう待てません」

「ちょ、ちょっと待て。リリィ……」

「いいえ、待ちません」


 ガイオスの制止を振り切って、リリィが告げる。


「恥を忍んで申し上げます、ガイオス様。リリィと結婚してくださいませ」


 普段の儚げな印象はなく、一人の男性に想いを伝える凛々しい姿。

 彼女の人となりを知る者は素直に感心していた。

 愛する者の為、彼女はここまで変われるのか、と。

 やや間を開けて、ガイオスは観念したように深くため息をついた。


「ウィル様、拘束を解いてくれんか? この期に及んで逃げるような真似はせん」

「えー……?」

「ウィル様、放してあげてくださいまし」

「わかったー」


 リリィからもお願いされ、ウィルが【土塊の副腕】をすべて消す。

 自由になったガイオスが頭の角度を確認するように首を回した。

 そうしてリリィと真正面から向き合ったガイオスが言葉を選びながら静かに口を開く。


「リリィ、考え直せ。お前は今や宰相の妹だ。俺なんかよりももっといい嫁ぎ先もあるだろう」

「嫌でございます」

「そう言うな。フォランド家には大切なことだ」

「家は関係ありません!」

「それに俺は見た目もよくない。お前のようないい女が嫁ぐ先では……」

「ガイオス様はこのリリィが見た目だけで殿方を判断するような女だとお思いですか? ガイオス様のお心がどれほど素晴らしいか、リリィが一番存じております」

「…………」

「それとも、命を賭けて守ると仰っていただいたのは嘘ですか……?」

「その言葉に、二言はない。だが、昔のようにお前の手を取ることは……」


 結局のところ、ガイオスは急激に地位を上げたフォランド家の心配をしていた。

 もともと下級貴族であるフォランド家には味方と言える者も少ない。

 だが、リリィがそういったところに嫁げば味方に引き入れることができる。

 もともと付き合いのあるローゼン家に輿入れするよりかはずっと効果的なのだ。


「むぅ……」


 沈黙してしまったガイオスとリリィの顔を交互に見たウィルが不機嫌そうに唇を尖らせる。

 ウィルには二人の事情など知る由もないが、二人の表情が悲しそうなのは分かった。それはよくない。

 ウィルは悲しそうな顔は嫌いなのだ。

 分からないなりに何事か言おうとするウィルの肩にマイナがそっと手を触れた。

 笑みを浮かべたマイナはウィルと視線を交わすとゆっくり前に出た。


「ガイオス様はリリィ様のことを愛しておいでなのですね?」

「ん……」


 マイナの質問にガイオスが小さく唸る。

 肯定とも否定ともつかない反応だが、マイナには確信があった。

 リリィの好意に対してガイオスは一切否定していない。

 本当に結婚したくないのであれば好意そのものを否定すればいい。

 もっとも前情報において大体のことは把握していたのだが、マイナにとって本人の反応が見れたことは大きかった。


「それが分かれば十分です。よくご自身の胸の内をお伝えになられました、リリィ様」


 マイナがリリィの傍に寄って労う。

 不安そうなリリィの表情をマイナは笑顔で見返した。


「マイナさん……」

「大丈夫ですよ、リリィ様。あとはお任せしましょう」


 そう言うマイナの視線を追うと、いつの間にかこちらに向かってくる人影があった。

 フードを目深に被り、外套で身を包んだ三名が庭を横切りマイナたちの方へと向かってくる。

 怪しむ参加者たちの警戒を解くようにマイナが頭を下げてリリィの傍から離れた。

 三名がガイオスたちと向き合うように足を止める。

 目深に被られたフードからはその表情を伺うことができず、警戒したガイオスとリリィの距離が無意識に近くなった。


「話は聞かせてもらったぞ」


 真ん中に立った人物が見守る者たちにも聞こえるように声を張る。

 男の、幾分年かさを感じるがよく通る声だ。


「……何者だ」


 ガイオスがリリィを背に庇うように立ってフードの人物に誰何すると、それに応じるように向かって右側の人物が前に出た。


「控えぃ控えーぃ、このお方をどなたと……」

「やめんか。悪人を懲らしめに来たんじゃないんじゃぞ、カークス」


 ローブの内側から何かを取り出そうとする男を真ん中の男が手で制す。

 男が下がるのを確認して、真ん中の男はフードに手をかけた。

 そのまま、フードを背後に落とす。

 現れた男の顔を見たガイオスの表情が見る見るうちに驚愕へと染まっていく。


「せっ……せっ……せっ……!」

「そ。ワシじゃよ」

「先王陛下!?」


 ガイオスの後ろでリリィも驚きに目を見開き、両手で口元を隠した。

 二人の前に姿を現した人物は間違いなくフィルファリア王国の前国王ワグナー・レナド・フィルファリアであった。


「「「ははぁっ!」」」


 ウィルを除いた周りの者たちが揃って膝をつこうとするのをワグナーが手を上げて制する。


「やめいやめい。今日のワシはそなた等と同じ客人じゃ。面を挙げよ」


 そうは言っても、という話である。

 ワグナーも慣れているのか、それ以上は何も言わず目の前のガイオスたちに向き直った。


「ローゼン家の鼻タレが。大きくなったもんじゃのう」

「先王様におかれましては……」

「しつこいぞ、ガイオス」

「はっ……」


 萎縮するガイオスにワグナーがため息をつく。


「お主、フォランド家の令嬢を妻に迎える事に難癖をつけとるそうじゃのう?」

「い、いえ! そのような事は決して……」

「そうか? ワシはお主が嫌がって両家の仲に溝ができそうじゃと聞いておるぞ?」

「だ、誰がそのようなことを……」

「両家の当主じゃ」


 フォランド家の当主はフェリックス宰相で、ローゼン家の当主はガイオスの父親である。

 ひょっとしてワグナーをこの場に送り込んだのも二人の差し金か。

 そんな風に思考を巡らすガイオスは後ろで飄々としているマイナに気付きもしない。


「どうじゃ。不満なのか?」

「いえ、しかし……フォランド家が多くの味方を得るには……」


 尻すぼみに小さくなっていくガイオスの声にワグナーは深々と嘆息した。


「アホか。あのフェリックスがそんなことを苦にするようなタマか? 余計なお世話じゃ」

「…………」


 黙り込んでしまうガイオスにワグナーが続ける。


「考え方が古いんじゃ、お主は。ちっとはシロー殿とセシリアを見習ったらどうじゃ」


 引き合いに出されたシローとセシリアに視線が集まり、二人が顔を赤らめる。

 ワグナーはシローたちからガイオスへと視線を戻すとニヤリと笑みを浮かべた。


「で? ガイオスよ、どうするんじゃ? まさか、勇気を振り絞って想いを伝えた女性に恥をかかせるつもりではあるまいな?」


 ワグナーが未だ呆然とするリリィと視線を合わせると、その意図に気付いたリリィが恐る恐るガイオスの顔を見上げた。

 リリィの視線が見下ろしてくるガイオスの視線と合う。


「いいのか、リリィ。俺なんかで……」

「…………はいっ!」


 瞳に涙を浮かべたリリィが喜びのあまり、ガイオスに飛びつく。

 その体をガイオスの無骨な腕がぎこちなく受け止めた。


「おめでとー! 二人とも!」


 シローが二人を祝福すると、周りで見守っていた者たちからも次々と祝福の声が上がった。

 その様子にワグナーも声を出して笑う。

 みんなの表情が嬉しそうな笑顔に変わり、ウィルの顔にも笑顔が浮かんだ。


「うむ。これにて一件落着!」

「らくちゃーく!」


 ワグナーの言葉をウィルが嬉しそうに復唱する。

 それに気付いたワグナーの表情が一層綻んだ。


「そうじゃ。らくちゃーく、じゃ!」

「らくちゃーく!」


 両手を上げてぴょんぴょん跳ねるウィル。

 楽しげな二人に感化されて、恐れ多く感じていた周りの者たちも次第と笑みを深くしていった。


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