ボーイ・ミーツ・リトルボーイ
ウィル達が冒険者ギルドに足を踏み入れると周囲がにわかに騒がしくなった。
ところどころでウィルの名が上がっている。
小さな子供がギルドに来たという驚きよりは、ウィルを見知った者達が歓迎の声の方が強い。
「冒険者ギルドへようこそ」
歩み寄ってきた女性職員に迎えられてレンが小さく頭を下げる。
(おー?)
そのまま立ち話を始めたレンと女性職員を見上げたウィルは周りをキョロキョロ見回し始めた。
一度来たことがある場所だが、前よりは人が多いように思う。
中には見知った冒険者もおり、ウィルに手を振ってくれる者もいた。
「あ、おじさんだー」
その中から大男を見つけたウィルがレンのスカートを引く。
レンが大男を一瞥すると大男は直立不動の姿勢で固まっていた。
その様子に女性職員が思わず笑みを零す。
「例の一件以来、とても真面目に働いてくれていますよ」
「はぁ……」
思わず曖昧に返事してしまうレン。
ウィルに悲惨な目に合わされてひねくれなかった事を良しとするべきなのか。
レンがウィルに視線を向けるとウィルはキラキラした視線でレンを見上げていた。
「ちょっとだけですよ?」
視線の意図を感じ取ったレンがそう応えると、ウィルは笑顔を弾けさせ、大男に駆け寄った。
ウィルは心配になるぐらい物怖じしないお子様だ。
「おじさーん」
「おお、ウィルベル様。ご機嫌麗しゅう」
ウィルが食堂の入り口付近で立っていた大男に声をかけると大男はひきつった笑みを浮かべて尻を隠し、ウィルを見下ろしてきた。
「おじさん、もーわるいことしてないー?」
「え、ええ、勿論ですよ! 心を入れ替えて仕事させてもらっています」
「よかったー」
大男の答えに満足したのかウィルは笑顔でうんうん頷いた。
悪い事は良くない。
「おじさんがわるいことしたら、うぃるがまたやっつけてあげるねー?」
「いえ、それは御免こうむりたい」
嬉々として語るウィルに大男が冷や汗をかく。
そのやり取りを見守っていた他の冒険者や食堂の給仕係からも笑みが零れた。
「あや……?」
食堂の方に視線を向けたウィルがふと視線を止めた。
近くにいて静観している少年と目があったのだ。
ルーシェである。
大男にウィルの話を聞いていたルーシェは本当に幼いウィルに驚くと共に大男の評価が正しいのか、観察しようとしていた。
そんな周りと異なる反応を見せるルーシェにウィルの興味が惹かれたのだ。
(やば……)
ウィルに目をつけられたルーシェは焦ってしまった。
近付いて来るでもなくジーッと視線を送ってくるウィル。
その微妙な間にルーシェが考えを巡らせる。
(今ならごまかせるかな……?)
見た目は本当にかわいい子供だ。
大男の話を聞いていてもそれ以上の感想を抱くことができない。
だからルーシェが次に取った行動は誰からも責められるモノではなかった。
ルーシェは息を吐くと同時に魔力を薄く込めた。
彼が他の者と比べて唯一自信を持っている初級魔法――俗にハイディンクと呼ばれる魔法を発動する為に。
この魔法は自身の気配を殺し、標的に気付かれにくくする隠密魔法だ。
初級では完全に身を隠す事はできないが、存在感を消すこの魔法は森では木々に紛れることができ、人混みでは人に紛れることができる。
幼い頃から森の浅い場所で狩りの真似事をしていた彼は父に教わったその魔法で周りからの認識を薄めようとした。
つまり、ウィルの興味から逃れようとしたのである。
(これで…………あれ?)
気配を消した筈のルーシェは目の前のウィルの様子に首を傾げた。
ウィルがまっすぐルーシェを見上げ、目をキラキラと輝かせ始める。
「ウィル様」
レンが素早くウィルの傍へ駆け寄る。
そんなレンを振り返ったウィルは興奮したように手をブンブン振りながらルーシェの方を指差した。
「なにー? あれなにー!?」
ウィルの指差す方へ視線を向けたレンが微かに目を細める。
認識しにくくなっているが、間違いなくそこに人がいる。
睨まれる形になったルーシェは大量に汗を浮かべた。
(な、なんで……?)
認識を削ぐどころか注目を集めてしまった事に慌てるルーシェ。
その狼狽を感じ取って安全を確認したレンがため息をついて警戒を解いた。
「ウィル様にそのような魔法は通用しません。それに、急に人の気配が消えたら警戒するのは当然の事です」
当たり前のように言ってのけるが、そんな人間そうそういない。
汗を垂らして見守る周囲の人々をよそにウィルがルーシェの魔法を真似て存在を希薄化させた。
魔法の概要を理解してないウィルだが、それでも注意していないと認識し辛くなっている。
そんなウィルは堂々とルーシェに歩み寄ってその足にしがみついた。
「おしえてー、おしえてよぅ」
「あー、えーっと……」
自分と同じ事をやってのけるウィルを見て、ルーシェは思わず魔法を解除してしまった。
それから困ったように頭を掻いてレンの様子を伺う。
おねだりを続けるウィルと困惑するルーシェを見たレンは小さくため息をついた。
こうなるとウィルは満足するまで止まらない。
「少しお時間よろしいでしょうか?」
「はぁ……」
曖昧に頷いたルーシェはレンに促されるまま、ギルドの女性職員を伴ってギルドの奥の部屋へと案内された。
ギルドの応接室になっているその部屋はある程度功績でもなければ通されることはない。
冒険者になったその日に貴重な体験をしているルーシェは落ち着かない様子で立派な部屋の内装を見回した。
「どうぞ」
「どーぞー」
「あ、は、はい……」
レンとそれを真似るウィルに促されて、ルーシェが席に着く。
功績のない自分が特別な部屋に通されたのだ。
しかも、怒らせてはいけないと言われた人物二人を前にして。
もう怒られる気しかしない。
正面にレンとウィルが、横にギルドの女性職員が腰掛ける。
逃げ場はない。
先手を打って取り敢えず謝ろうかと悩んでいたルーシェにレンが静かに口を開いた。
「お名前は?」
「えっ、と……ルーシェです」
「どちらのご出身ですか?」
なんだこれ、とルーシェが首を傾げそうになる。
いったい何を聞かれているのだろうか、と。
「ルイベ村です……」
「今日、冒険者登録なさっています。依頼数ゼロ、ピカピカの新人です」
手元の資料を見ながら丁寧な説明を付け加えてくれる女性職員。
レンはそれを聞いてから少し間を開けた。
元々、感情が顔に出ないレンが何を考えているのか、初対面のルーシェが察するのは難しい。
「……ルイベ村」
レンは一言呟いてから真っ直ぐルーシェを見返した。
「あなた、森に入っていましたね?」
「えっ……!?」
レンの言葉にルーシェは度肝を抜かれた。
冒険者や許可ある者以外で森に入る事は禁止されている事が多い。
森に生息する魔獣の方が平原などに生息する魔獣より危険だからだ。
一部地域を立ち入り禁止に指定して、無茶な行動で命を危険に晒さぬよう、国とギルドで管理しているのだ。
ルーシェは森に入っていた。
当然、その事は誰にも言っていない。
余計な誤解を招く恐れがあるからだ。
レンが知る道理はない筈だった。
「どうして分かったんですか……?」
うっかり肯定してしまったルーシェが慌てて口を塞ぐ。
ため息をついたレンの表情はやや呆れているように見えた。
「あなたのハイディンク技術は初級冒険者にしては洗練され過ぎています。ですが、一度も依頼をこなしたことが無い……依頼で侵入可能な森にも行ったことがないのにあの技術は不自然です。余程の手練に教わったとしても経験を積まないとあそこまでにはならない筈です」
「…………」
押し黙ってしまったルーシェにレンが続ける。
「ルイベ村は森に面していたはず……だから森に入った事があるのでは、と推測したのです」
ぐうの音も出ない。
まさか魔法一つでそこまで看破されるとは、ルーシェは思ってもみなかった。
「家が貧しかったので……森の浅い所で食用の魔獣を罠にかけたりしてました」
嘘ではない。
それほど森の深い所までは行っていない。
「それで日銭を稼いでいた、と……?」
「いえ、食ってました。食べる分だけ獲って……」
「…………」
ルーシェの言葉にレンが疑わし気な視線を送る。
食用の魔獣は一匹からでも結構な量の食肉が取れる。
一家族で食べ尽くすのは結構骨だ。
いくらか手元に残して金に変える方が現実的だ。
それにルイベ村は王都からさほど離れていない事もあり、統治の行き届いた村だ。
それほど貧しくないはずだ。
「本当です。兄弟が多いので……」
「何人です?」
「…………」
静かに聞き返すレン。
言い淀んだルーシェが恥ずかしそうにポツリと答えた。
「…………八人です」
「「…………」」
何かを言わんとしたレンが口を小さく開けたまま、固まった。
横にいる女性職員の顔も何故か赤い。
ウィルだけが感心したように目を輝かせた。
「たのしそー♪」
「そう?」
素直な感想をぶつけてくるウィルにルーシェが苦笑する。
それなりに賑やかではあったが、ルーシェとしては苦労する事も多かった。
その辺りを察するにはウィルはまだ幼過ぎた。
「れんー? うぃるもいっぱいきょーだいほしー」
「そういう事はシロー様とセシリア様にお願いしてくださいませ」
やんわりとウィルの訴えを退けるレンにウィルが「わかったー」と頷いて椅子に座り直した。
そんなウィルの頭を撫でてレンがルーシェに向き直る。
「少し話が逸れましたが……ルーシェさん。先程の魔法は誰に教わったのですか?」
「え? えーっと……父ですが」
ルーシェは父から魔獣の追跡や罠の仕掛け方、気配を殺す方法など一通り教わっている。
その事を包み隠さずレンに伝えると彼女の横でウィルが手を上げた。
「はーい」
「どうしました、ウィル様?」
「れん、このひとにしよー」
唐突に切り出したウィルにルーシェが疑問符を浮かべる。
レンは少し考えてからウィルに聞き返した。
「どうしてそう思ったんですか?」
「んーとね、まりょくきれーだったからー」
魔力を目で捉えられるウィルはその人間の本質を魔力で判断している節がある。
これは風の一片のお墨付きでもある為、トルキス家では信頼されていた。
(うーん……)
ルーシェに視線を向けたレンが黙したまま考え込む。
彼女にしては少し歯切れが悪かった。
今回求めている門番募集の依頼は冒険者に出す依頼のランクとしては1とか2で初級冒険者でもなんら問題はない。
ただ、門番と言うからにはそこそこ腕っ節があった方がいいし、選考基準にもその事が多少含まれていた。
目の前のルーシェは同じ年頃の少年と比べて身長も平均的だし、痩せているとは言わないまでも細身である。
ぶっちゃけると見るからに弱そうだった。
というか、弱いだろう。十中八九。
レンほどの実力者であれば相手の力量を見誤ることはない。
ただ、弱いなりにも洗練された魔法を使って見せ、ウィルにいい人だと気に入られたのだ。
判断に迷うところだ。
「あのー……どういう事でしょう?」
話について行けないルーシェがおずおずといった様子でレンに尋ねる。
レンは一旦その場での合否を保留にした。
いくらレンが認めたとしてもルーシェが引き受けてくれなければ意味がないのだ。
「実はトルキス家の門番を勤めてくれる人を探していまして……」
レンの説明にルーシェが耳を傾ける。
門番ともなれば拘束する時間は長くなる。
自由に冒険とはいかなくなるかもしれない。
「勤務時間についてはなるべく相談に乗るようにします。冒険者としての活動はある程度制限されてしまうかもしれませんが……」
「うーん……」
レンの説明にルーシェは困ってしまっていた。
聞けば住まいはトルキス家の脇にある離れの一室。
賄い付きといたれりつくせりだ。
しかし、冒険者になろうと故郷を離れてギルド登録したその日に雇われるというのはどうなんだろうか、と。
ルーシェが迷っていると横からギルドの女性職員が助け舟を出した。
「今回の依頼は冒険者ギルドからの依頼として処理されます。真面目に勤務に励んでいれば初級ランクの昇格審査は大変有利ですよ」
「はぁ……」
曖昧に頷いて返すルーシェ。
冒険者ランクの1や2は冒険者としてしっかりと仕事を完遂できるかを見る期間なので討伐のような他人の安全に関わるような重要な依頼は回ってこない。
街での使いや薬草採取などが殆どで規定の回数をクリアすると書類審査を受けることになる。
それを高待遇でこなせるのはとても魅力的な話だ。
だが、ルーシェはそんな事よりも他に気になる事があった。
「でも、僕……めちゃくちゃ弱いですよ?」
単純に戦闘経験がない上、腕っ節も強いとは言えない。
門番なんて勤まるのだろうか、と。
治安のいい王都でそうそうトラブルがあるとは思わないが、正直、自信はない。
何より、自分は他人と争うのが嫌で故郷から逃げ出している。
自分が誰よりも弱い事は自覚していた。
俯くルーシェを前にしてウィルは笑顔で立ち上がった。
「だいじょーぶ!」
ウィルの声に思わず顔を上げたルーシェが正面からウィルを見返す。
その幼い顔は自信に満ち溢れていた。
「よわかったらつよくなればいーんだよ!」
嬉々として言い放つウィル。
当たり前の事を当たり前のように言われたルーシェは呆気にとられてポカンと口を開けてしまった。
その様子にレンが思わず笑みを浮かべる。
幼子の戯言のようでいて、なぜかウィルは人を惹き付ける。
「そうですね。ご希望であれば、門番として勤めて頂いてる間に武術指導も行えるように取り計らいましょう」
レンの提案にルーシェが振り向く。
どちらにしろ、冒険者としてやっていくのであれば、強くなる事は避けて通れない。
ルーシェの目が弱気なものから意を決したものへと変わる。
「じゃ、じゃあ……その、宜しくお願いします」
「あい!」
深々と頭を下げるルーシェに、ウィルが元気よく返事をして嬉しそうにレンの方を見上げた。




