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噂のお子様

 キョウ国風の茶店にやってきたマイナは店の中には入らず、縁側にある広い数人掛けの相席に腰掛けた。


「おねえさん、三色ダンゴ二本と冷たいリョクチャお願いしまーす♪」

「はいよー」


 マイナの注文を聞いた売り子の女性が笑顔で応対し、店の奥へ引っ込む。

 そのまま、道行く人を眺めていたマイナの隣にフードを目深に被った大柄な男が腰掛けた。


「ダイフクと温かいリョクチャを」


 注文を取りに来た売り子へ男が手短に伝える。

 元気よく返事をして下がる売り子を男の影から見ていたマイナはまた道行く人に視線を戻した。


「意外……カークスさんって甘いモノ、好きなんですね」

「ははっ」


 マイナの言葉に男が快活に笑ってみせる。


「何でも食べるがな……甘いモノには目がない」

「へー……」


 感心したような声を上げるマイナ。


「でも、フードいります?」


 正体隠してまで食べたいのか、と首をひねったがどうやら違うらしい。

 男――カークスはまた快活に笑った。


「素性を知ってる者も多いのでな……余計な勘ぐりを避けるためだ」


 もっとも、その勘ぐりは大抵当たってはいるのだが。

 カークスは振り向かず、マイナと同じように道行く人を眺めて続けた。


「それともスケロックの方がよかったか?」

「まさか……」


 憮然と否定するマイナにカークスがフードの奥で笑みを浮かべる。

 彼の相方であるスケロックは女性にだらしない所がある。

 マイナがスケロックのそういう所をあまり良く思っていない事をカークスは知っていた。


「……で、話っていうのは?」

「実は……」


 マイナはトルキス家で行われる昼食会の話をした。

 その昼食会でリリィとガイオスの仲を取り持とうとしている事も含めてだ。

 カークスは黙って聞いていたが、マイナが話し終わるとあからさまにため息をついた。


「ガイオス殿らしいと言えばらしいが……」

「女の身としてはとても許せませんよ」

「だろうな……」


 カークスも身持ちの固い男であるがガイオス程ではない。

 マイナが不満に思うのも頷けた。


「なんだな……むしろ、スケロックの方が得意分野だったな」

「いいですよ、カークスさんで。お願いする事は同じですし」

「分かった。私からもお願いしてみよう。こちらとしても都合のいい話だしな」

「…………?」


 カークスの物言いにマイナが首をひねる。

 その様子にカークスがまたフードの奥で笑みを浮かべた。


「ウィルベル様が魔法の義手を作られたのだろう? 今、城内はその話で持ち切りだぞ?」

「あー……」


 どうもフェリックス宰相が王に上申し、その出来の素晴らしさに重臣からも賛辞の嵐なのだそうだ。

 もっとも、それはウィルだけの手柄ではないのだが、ウィルが類似の魔法を作らなければ実現しなかった事だ。


「ま、渡りに船と言うやつだ」

「あまり無茶を言わないでくださいよ? セシリア様はそういうの、好きじゃないんですから……」

「心得ているさ。が、今回は大目に見てくれ。ウィル様の功績で打診しないのはあまりに不自然だ。もちろん無理強いするつもりもない」

「はいはい……」


 素っ気ない素振りを見せるマイナにカークスが苦笑する。


「ともかく、ガイオス殿の件は承知した」


 約束を取り付けたところで売り子が二人の注文したキョウ菓子とお茶を持ってきた。

 それぞれ受け取って、二人が売り子に視線を向ける。


「「追加でミタラシを……」」


 同時に同じ注文をした二人に売り子は一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔で応じて店内に戻っていった。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「おーでかけ、おーでかけ♪」


 玄関でぴょんぴょん飛び跳ねるウィル。

 それを真似てぴょんぴょん飛び跳ねるレヴィ。


「お、ウィル王子。出かけるのかい?」


 レンを伴って門番の詰め所までやってくるとウィル達に気付いたジョンが笑みを浮かべた。


「はい、お使いに」


 ウィルが何かを言う前にレンが答え、さっさと門を抜ける。


「お早く、ウィル様」

「はーい。いってきまーす」


 挨拶もそこそこにウィルがレンのもとへと駆け出した。

 その様子にジョンと詰め所にいたエジルが手を振る。


「いってらっしゃい」

「いってらっしゃい、ウィル様」


 向き直って手を振り返したウィルが先に待つレンに追いついた。


「れんー、どこいくー?」

「冒険者のギルドです」

「ぎるどー?」


 首を傾げるウィルの手を取ってレンが歩き始める。

 ウィルにとっては懇意にしてもらっているマエル医師の治療院へ赴く道だ。

 最近は特にウィルを見知る者が増え、時には声をかけてくる場面もある。

 ウィルはそんな者達に手を振り返しながらレンと共に歩いた。


「みんな、うれしーね♪」

「そうですね」


 ウィルが手を振り返すと、手を振った者は笑顔になる。

 それを見る度に嬉しそうな顔をするウィルにレンの表情も自然と和らいだ。

 まだところどころ魔獣騒ぎの傷跡を残す外周区を抜け、市街区へ出る。

 人通りの多い道を避けて進むこの道はウィルも馴染みの道だ。


「こっちはまえるせんせーんとこー」


 十字路に差し掛かったウィルがいつも進む方向を指差した。

 その手を引いて、レンがウィルを違う道に誘導する。


「こちらですよ、ウィル様」

「こっちはぁ……」


 キョトンとしていたウィルが何かに気付いたようにハッと顔を上げた。


「おじさんにかんちょーしてれんにおこられたみちだー!」


 言い当てた事を嬉しそうに誇るウィルにレンが困ったような笑みを浮かべる。

 その覚え方もどうかと思う、と。


「反省してますか、ウィル様?」


 レンが尋ねるとウィルはうーん、と唸ってから答えた。


「はんせーはしています」

「は?(わ?)」

「は!(わ!)」


 言い回しに引っかかりを覚えて聞き返すレンに、ウィルは自信有りげに答えるとレンの前をギルドに向かって歩き始めた。



▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



 輝かしい一歩目を何故踏み外したのか。

 ルーシェは分からずに内心冷や汗を掻いていた。

 今、彼の前には厳つい大男が席についており、ルーシェ自身はその対面に座らされていた。


(えー、っと……)


 ルーシェは冷静になるべく、自分の身に起きた事を振り返った。

 隊商の親方と別れたルーシェは早速冒険者ギルドの受付へ赴き、冒険者登録を行った。

 利用方法の簡単な説明と講習を受けても時間には余裕があり、ルーシェは簡単な依頼を受ける事にして先ずはギルドの隣に併設された食堂へと移動した。

 そこで目の前の大男に声をかけられたのである。


「なんだ、にーちゃん。冒険者デビューか? よしよし、祝いに昼飯奢ってやるよ」


 こんな具合である。

 相手の厳つさに断る機会を失ったルーシェはそのまま席に着いてしまった。

 新人冒険者に対して親切を装い近付いて無心を働く輩もいる。

 もし、この後不当な要求をされたらどうすればいいのか。

 我が身の不幸を呪っていると給仕係の女性が注文を取りに来た。

 大男に促されて、つい注文をしてしまう。


(ああ……断る最後の機会が……)


 給仕係の女性に視線で助けを求めるも、彼女はどこか素っ気ない態度で厨房の方へと下がってしまった。

 周りを見渡しても皆遠巻きにこちらを伺っていて助けてくれそうな気配はない。


(どうやって逃げよう……)


 混乱する頭で算段をつけていると、大男がゆっくり話し始めた。


「ここでの先輩として、新人に大事な事を教えといてやる」

「は、はぁ……」


 ルーシェが曖昧に頷いて返す。

 情報料とか取られるのかな、っと頭の中はネガティブな思考でいっぱいだった。


「なに、そんな難しい事じゃない。王都で生活するにあたって特に怒らせてはいけない人物を三人程、教えてやるだけだ」

「怒らせてはいけない人物……?」


 当たり障りのないところでオウム返しすると大男は神妙に頷いた。


「そうだ」

「…………」


 誰だって怒らせないに越したことはないが、要注意人物がいるということだろうか。

 話の流れを見極める為にルーシェはそのまま黙って男の言葉を待った。


(これで最後が俺様だー、ってオチなら全力で逃げよう)


 そう心に決めるルーシェに大男が指を一本立てる。


「まず、一人目がフィルファリア国王だ」


 当然だ。

 誰が自国の王を好き好んで怒らせたいものか。

 ルーシェとしては雲の上過ぎて、罪を犯さないように清く生きるくらいにしか対策がない。

 まぁ、犯罪者になる気は毛頭ないが。

 そんなルーシェの様子は意に介さず、大男が二本目の指を立てた。


「二人目は元テンランカー【暁の舞姫】こと、レン・グレイシア……」


 納得がいってルーシェは小さく頷いた。

 王都に住まう実力者の話としては有名な話だ。

 【飛竜墜とし】葉山司狼が公爵家令嬢のセシリア様と結婚した話は民衆からも好意的に受け止められていて、今尚根強い人気を誇る。

 多くの者が憧れるだろうサクセスストーリーであるからだ。

 語り手が後を絶たない。

 それと同時に不思議な話として語られるのが、【暁の舞姫】レン・グレイシアがそのままトルキス家のメイドとして働き始めた事だ。

 これには色んな説があるがセシリア様のご友人であった為、とギルドが公式に発表して一旦の決着を見ている。

 問題はこの【暁の舞姫】と呼ばれる女性はもう一つ、【血塗れの悪夢】という悪人に恐れられる二つ名を持っているという事だ。

 なるほど、目の前の悪人そうな大男にとっては恐怖の対象だろう。

 だが、その大男は三本目の指を立てて、顔を青ざめさせた。


「そして、三人目が……ウィルベル・トルキス様だ」


 ……………………だれ?

 ルーシェはたっぷり間を開けて首を傾げた。

 トルキス姓という事は公爵家に連なる者なのだろうか。

 不思議そうなルーシェを見て、大男がズイッと顔を寄せた。

 思わず顔を引きそうになったルーシェがなんとか思い留まる。


「ウィルベル様はまだ小さな子供だが、その類稀なる魔法の才能で数々の高度な魔法を習得されている天才児だ」

「へぇー……」


 そんな凄い子供がいるのか、とルーシェは素直に感心した。

 ルーシェ自身はまだ自分に合う魔法がよく分かっておらず、属性魔法の習得には至っていない。

 その辺りは冒険者になってからでも遅くはないと判断し、基礎的な魔法の修練に費やしていた。

 子供なのに高度な魔法を使いこなせるなんて正直羨ましい。

 しかし、そんなルーシェとは裏腹に大男は声を震わせた。


「問題は、だ……幼く無邪気なウィルベル様は普段は優しいお子様なのだが、悪人を見つけると問答無用で強力な魔法をぶっ放してくるんだ」

「……は?」


 突拍子のない話にルーシェが間の抜けた表情を浮かべる。

 本当なら大変危険なのではなかろうか。

 大男はルーシェにも事の重大さが伝わったと思ったのか、少し身を引いて満足したように続けた。


「ウィルベル様は、見た目の愛らしさから善人には天使に、悪人には悪魔に見える。その事から巷ではすでにこう呼ばれているんだ……【天使にして悪魔】と……」


 ドンッ、と。

 先程注文を取っていった給仕係の女性が勢い良く大男の前に麦酒のジョッキを叩きつけた。


「ウィル様の悪口、言わないでくださいますか?」


 ビクリと震えた大男が困ったような苦笑いで頭を掻く。

 と、同時に周りで見守っていたギャラリーから爆笑が巻き起こった。

 あまりの変化にルーシェが目をぱちくりさせる。


「いやいや、ここはウィルベル様の怖さをルーキーにしっかり伝えないと……」

「ウィル様は傷付いた人には手を差し伸べずにいられない、優しい子なんです!」


 腰に手を当てた給仕係の女性に下から睨みつけられ、大男はタジタジだ。

 給仕係の女性はそのままルーシェの手を取って引っ張った。


「このままじゃ、ある事ない事吹き込まれちゃうわ! こっちに来て。もちろん奢りでいいから」

「は、はぁ……」


 気圧されるまま、ルーシェが他のテーブルに移動すると今まで見守っていた冒険者達が笑顔で迎え入れてくれた。

 あとで教えられた話だが、大男が新人冒険者を食事に誘い、給仕係が怒るまでがワンセットらしい。

 話せば、実はみんないい人達だった。

 大男も一時は迷惑を顧みないパーティのリーダーだったが、ウィルにこっぴどくやられた後は心を入れ替えて仕事に励んでいるらしい。


(よかったぁ……)


 恐ろしい目に会うこともなく、安堵したルーシェは奢ってもらった昼食を平らげた。

 これは本当に大男の奢りらしい。

 ルーシェは礼を言うと、とりあえず人心地ついた。

 王都だけあってギルドも食堂も大きく冒険者達の質もいいように見える。

 故郷の村の閉塞的な感じがまるでない。

 正直なところ、ルーシェは冒険者同士というのはもっとギスギスしているものだと思っていた。

 その事を給仕係の女性に質問すると彼女は「それもウィル様のお陰よ」と教えてくれた。


(どんだけ凄い子なんだろう……ウィルベル様って)


 冒険者達から聞いた話だと、回復魔法を使いこなす優しい子供の姿からついた「レティスの天使」というものと、悪人を見かけたら問答無用で攻撃魔法を繰り出す容姿に似つかわしくない姿からついた「レティスの悪魔」というものがくっついて【天使にして悪魔】となったのだという。

 正式に命名されたわけではないにしろ、みんなに二つ名で噂される子供なんて聞いたこともない。

 ルーシェがそんな風に興味を抱いていると、誰かが慌てて食堂に飛び込んできた。


「た、大変だ、リーダー!」

「どうした、いったい……」


 慌てた様子の男に先程の大男が落ち着いて応える。

 男は息を荒げ、顔を青ざめさせて大男を見上げた。


「ウィルベル様がこっちへ向かってくる……!」

「な、なにぃ……!」


 大男の狼狽ぶりは先程の比ではない。

 何故かお尻を押さえて背筋を正していた。


(え? ホントに来るの?)


 ルーシェも気になって大男とギルドの入り口を交互に見る。

 待つことしばし、ギルドの押し戸が開き、姿を現したのはメイドのレンと年端も行かぬ小さな男の子――ウィルであった。


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