シローのお仕事
シローの所属する第三騎士団の詰所は王都の正門――北門近くにある。
彼らの担当範囲は王都周辺とそこから北に位置する砦と西に位置する砦までとなっている。
有事の際、即座に行動を起こさなければならない為、このような場所になっていた。
午前中の哨戒任務の報告を終えたシローは詰所の二階にある休憩室にいた。
「よ、っと……」
弁当の包みをテーブルに置き、椅子に身を預ける。
休憩室には何人かの騎士がいて、シローに気付いた者達が軽く手を上げ、挨拶してくる。
この時間、休憩室でくつろいでいるのは大抵弁当持参の者だ。
シローが手を上げ、挨拶を返していると向かいの席に誰かが手をかけた。
「お、シロー殿は愛妻弁当か? セシリア様のお手製とは羨ましいな!」
髭を生やした大柄な男が白い歯をニカッと見せて笑みを浮かべる。
「騎士団長、やめてくださいよ。他の団員に示しがつかないでしょ」
「おおっ、気ぃ使ってやがる。明日は雨でも降るのかねぇ」
豪快な笑い声を上げながら自身の持っていた弁当包みを解いていく。
このシローの目の前にいる人物が第三騎士団を率いるガイオス・ローゼンだ。
熊のような男だが、一応貴族の出である。
「ったく……」
悪態をつくシローを気にするでもなく、ガイオスがおかずを美味しそうに頬張っていく。
「うちの団で気ぃ使ってたらやってけねぇよ」
「へいへい……」
シローがコップの水を飲み干すガイオスから視線をずらすと離れた所にいた団員と目があった。
こちらの話を聞いてたのか、肩を竦める団員にシローも肩を竦めて返す。
第三騎士団は王都を守護する騎士団の中でも冒険者上がりの騎士が多く配属されていた。
これは冒険者の中には身元がはっきりしない者が多く、城から遠ざけたい一部の貴族の思惑もあるが、それとは別に魔獣との戦闘経験が単純に豊富である為だ。
冒険者はギルドと呼ばれる仕事斡旋所の依頼をこなして日々の生活の糧を得ている。
1から9まであるランクによって難易度は変わるものの、色々と種類があり、危険を伴う依頼も少なくない。
実入りの良い討伐系やダンジョン攻略などは最たるもので、失敗が即、死に繋がる事も当たり前だ。
第三騎士団は日々街の外に繰り出し、魔獣の動向を監視し、時にはいち早く討伐しなければならない。
そんな騎士団である為、最初から戦闘経験がある者は大変貴重だった。
そして冒険者達にとっても比較的安全で安定した収入が得られる騎士の仕事は十分な魅力がある。
その中で、第三騎士団長ガイオスの存在はまさに適材適所だと言えた。
平民や冒険者にも分け隔てなく、気取った貴族ではないガイオスの人柄はとても親しみやすく、冒険者上がりの騎士達も気後れする事がなかった。
更に彼が作り出す団内の空気も手伝って、彼らは利害の一致した仲間達に背中を任せられる安心感、一つの目標に突き進む充実感や達成感により団の結束を強固なものにしていた。
結果として、第三騎士団は平民達からの人気も高く、街の人達からは「第三騎士団の結束鋼の如し、彼ら無くして我らの安住は無し」とまで言われている。
「……で、用件はなんです?」
ガイオスがこうしてシローの前に現れる時は決まって何かしらの用事を携えてきた。
シローが促すと、ガイオスが食事の手を止めて封書を一つ差し出した。
受け取ったシローが封書の宛名を確認し、眉を顰める。
「これ……」
「そいつをリックに届けてくれ」
フェリックス宰相。
年若くして宰相に抜擢された現王の右腕である。
と、同時にガイオスの幼馴染でもあった。
「何事ですか?」
「シロー殿の耳には先に入れておくが……」
椅子に深く腰掛け直したガイオスが小さく嘆息する。
「どうもここ最近、平民や冒険者、旅の商人から無心を繰り返している騎士達がいるらしい」
「……うちの団ですか?」
「まさか。そんな奴いたら鉄拳で制裁しとるよ」
ガイオスならやりかねない、とシローが乾いた笑い声を零す。
という事は、他所の誰かが立場の弱い者に対して心無い行為を働いているという事だ。
「報告からすると第二の奴らだな……」
ガイオスが椅子の背もたれに巨躯を預けて軋ませる。
第二騎士団は貴族出の騎士が多く在籍している。
王都の治安がいい事もあり、心配した貴族が身内を推薦する事が多いからだ。
逆に貴族の中にはそういう風潮を嫌って第二騎士団以外の配属を自ら志願する者もいた。
「うちの奴らが相談を受けてな。内密に調査を進めてたんだが……」
熊のような男が内密とか。
だが、侮るなかれ。
ガイオスは見かけによらず目端の利く男だ。
そして、多種多様な仕事を請け負ってきた者の多い第三騎士団は諜報活動にも長けていたりするのだった。
ガイオスが話をしたという事は第二騎士団の若い奴がクロだという裏が取れていて、休憩中のシローに話を持ってきたという事は話を大きくしたくないという事なのだ。
「どうもカルディ伯爵の息子とその取り巻きらしい」
「……あー、バカルディか」
一応貴族なので耳に入ると厄介なのだが、ここにいる人間が告げ口をする事はない。
というか、カルディ伯爵の評判はよろしくない。
何かと国の決定に異議を唱え、政治に介入しようというフシがある。
素行の悪い者が屋敷に出入りしている所が目撃されるなど、黒い噂も絶えない。
因みにシローとセシリアの結婚に最後まで反対していたのも、フェリックスが若くして宰相の座につく事を反対していたのもカルディ一派であった。
「バカル…おっほん。バカルディが何か良からぬ事を考えていないとも限らないのでな」
わざとらしく咳払いをするガイオスだったが言い直せていない。
どうやらガイオスもカルディの事を嫌いなようだ。
ガイオスが真面目な顔でシローを見据える。
「リックには早めに耳に入れておきたいのだ。頼まれてくれるか」
「そりゃ、いいけど……」
「おお、本当か!」
シローの承諾を得て、気を良くしたガイオスが食事を再開した。
その様子を眺めていたシローが封書を懐へ押し込む。
「届けるだけなら団長が行けば話が早いんじゃ?」
「いや、騎士団長が動けば相手が警戒する恐れがある」
「城に行くくらいで?」
面会してるところを見られれば。
なくはないか、と納得しかかったシローにガイオスが付け足す。
「ああ、それから。リックは今日、屋敷の方にいるはずだ」
「…………おい」
シローがジト目を向けると、俯いたまま弁当に舌つづみを打っていたガイオスがビクリと体を震わせた。
「行きたくねー理由、そんだけじゃねーよな?」
シローの質問にガイオスは顔を背けながら弁当を掻き込んで沈黙する。
ガイオスの耳まで赤くなっているのに気づいてシローは深々と嘆息した。
やがて諦めたようにシローも弁当を口に運んだ。