ある狩人の少年と鷹の王者の物語
鷹、それは地上に生きる者全ての憧れ。
その大いなる翼で天空を駆け、碧い眼孔で全てを見下ろし、いともたやすく獲物を狩り続ける。
何者にも縛られぬ絶対的な王者、それこそが鷹である。
翼が衰え地へとはいつくばるその日まで、鷹という生物は天空の覇者であり続けるのだ。
狩人の少年ミュウもその天空の覇者に憧れる者の一人だった。
生まれつき小柄だったこともあり、彼は狩人にしては非力なところがあったが弓の腕だけは確かだった。
そのミュウが、ある日ある湖畔の森でおかしなものを見つけることになった。
「これって……これって、まさか、すごい……」
巨大な鷹が浮き島で羽を休めていた。
距離があるせいで縮尺こそ定かではないが、少なく見積もっても通常のものより二周り以上は大きい。
「あんなヤツ見たことない……すごい、すごい……怖いくらい大きい……っ」
それはそうと猛禽類と狩人の関係は言わずもがな商売敵だ。
通常ならばこのチャンスを使って狩らなければならなかっただろう。
だがミュウがこれまで鳥を撃つことはなかった。
鳥を撃つな。特に鷹は絶対に狩ってはならない。それが部族のルールだった。
だからミュウもこの珍しい賓客を見守ることに決めた。
だがよく見れば大鷹は動きがどこかおかしい。
「あ……っ」
その鷹がミュウに気づいた。
鋭い鷹の目が彼を見定める。
あんなに大きな生物に襲われたらただではすまない。子供の狩人の手に余る。
木陰に身を隠してミュウは矢を弓をかけた。相手の動向をうかがうためにこっそりもう一度向こうをのぞく。
「……ふぅ。なんか、変わったヤツだなぁ。警戒して損しちゃったよ」
大鷹は片方の翼だけを横へと広げ、それからどうしたことか優雅にも胸元側に運んで頭をたれた。
……まるでそれは典雅なお辞儀だった。
「ねぇ、お前もしかして……怪我をしてるの?」
矢と弓を背中に戻してミュウは木陰より姿をさらす。
鷹は威嚇をするどころかお辞儀を解いて、まるで人間みたいにうなづいた。
「……そうだ」
「え……えっ、ええっ、鷹って喋るんだっけっ?! いや、いやそんなはずないよっ!?」
低く落ち着いた声が静かにうなづいた。
紳士然とした態度と声色で、鷹は続きの言葉を見目麗しい少年に投げかける。
「フッ、そういう時だってあるさ」
「そう言われると……ううーん……」
「それより少年、貴殿はアルバ族で相違ないか?」
どうしてそれを知っているの?
返事よりも先に少年の顔に小さな驚きが現れる。それは肯定にも等しかった。
「やはりか。いまだ古い盟約を守ってくれているのだな……フフフッ、ならば頼ってもいいだろうかアルバ族の少年よ」
「……僕はミュウだよ。貴方は……貴方は何者?」
ミュウが拒絶の態度を見せることもなかった。
むしろ密かな憧れの心が大鷹を瞳の中心に置いて離さない。
「それは見ればわかるだろう。我はしがない鷹だ。わけあって翼を折ってしまってな……この通り難儀している。少年よ、悪いが助けてはもらえないだろうか」
「なら僕からもお願いしてもいいかな?」
大鷹はもう片方の翼を広げようとした。
だが痛々しくもそれが途中で二つに折れ曲がる。
「む……まあ後払いになってしまっていいのならば、何なりと要求してくれて構わない」
「その翼と、くちばしと、爪と……あとおなかにも触らせて」
「……フッ、ファッハッハッハッ、そんなことか! もちろん構わないぞ少年、いくらでも触ると良い。我が名は鷹の王テスカ、貴殿のその美しい心に感謝する」
鷹に憧れる少年ミュウと鷹の王テスカ。
二人はどうにか湖水という障壁を乗り越えて、ミュウの自宅山小屋へと落ち着くのだった。
・
それから月日が流れた。
ミュウは自らの食い扶持や、親兄弟に借りを作ってまでこの鷹の王を秘密で養った。
もし悪人の耳に入れば剥製にされるかもしれない。
あるいは掟に対して否定的な同族に知れても、害獣として狩られてしまう可能性があった。
「済まないミュウ、貴殿はまた少し痩せただろうか。この傷さえ治れば恩を返せるものを……本当に済まない」
「何を言ってるんだテスカ、僕は今幸せだよ。こんな美しい大鷹を毎日眺めて、話したり触れることだって出来るんだから。それに君のこの大きな抜け羽根、部族のみんなにあげたらきっと喜ぶ。テスカの傷が癒えてからだけどね」
そう言ってミュウは大鷹の翼に顔を埋めた。
ふわふわとやわらかなそれがこそばゆく肌を撫でる。
「ミュウ、我はこの恩を忘れない。いつか貴殿を鷹の王国へとご招待しよう」
「それ本当っテスカ?! やったーっ、絶対だよっ絶対忘れないよ僕!!」
「フフフ、もちろんだとも。約束だミュウ、必ず君を我の王国に招待しよう」
大鷹テスカの傷が癒えるのももうじきだった。
折れた翼が曲がらないようにと、テスカには軽いものを使った添え木が当てられていた。
その翼も今ではある程度動かせるほど回復していた。
・
こうして別れの日が来た。
念のためのリハビリも終わり、テスカはいつも通りにミュウの前で空を駆けて見せた。
ミュウの瞳はその美しいその王者の姿に見とれながらも、別れの悲しみに涙ぐんでいた。
「世話になったな」
「行くんだね……。ああ……このまま僕も一緒に行けたら良かったのに」
狩人の生活はけして楽なものではなかった。
それが小柄で非力な少年ともなれば、いくら器用だとしても人より多くの危険がつきまとう。
気の荒い同族や余所者と遭遇することもあった。
「そうだな……我も別れるのが惜しい。だが少年よ、王としてやるべきことを終わらせたら、必ずやここに戻ってこよう。今頃の季節に、毎年拳一つ分の宝石を持ってこよう。ただしばらく会えなくなるだけだ、必ず戻ってくる」
「本当? じゃあ僕も獲物を沢山狩って待ってるよ。テスカをちゃんと接待出来るくらい、立派な狩人になってみせるよ」
「貴殿はもう十分に立派だ……。ああ、別れがたいがもう行こう、旅立つきっかけを失ってしまう。さらばだ、ミュウ、我が恩人よ!」
鷹の王テスカが空へと飛び立つ。
ぐるりと上空を旋回して、加速して、何度も振り返りながらも遙か空の彼方へと消えていった。
ミュウは足下にあった大鷹の抜け羽根を拾い上げ、小屋へと戻り大切に小箱へとしまった。
部族の人間に譲ればお金になるものだったが、どうしても彼はそれを売ったり寄贈したりする気にはなれなかった。
・
それから一年が経った。
義理堅い太鷹テスカが天を駆けてミュウの小屋に帰ってきた。
鍵爪に大きな紫水晶を握って。
そのクチバシが山小屋の扉をコンコンと叩く。
「……テスカ様ですね。私はミュウの姉、あの子が何度も話していたので一目でわかりました」
「おお、お初にお目にかかる姉君よ。我は鷹の王テスカ、こうして財宝をひっさげ我が友へと恩義を果たしに参った」
鷹は一歩後ろへと下がり、その鍵爪でアメジストを蹴り転がした。
一瞬だけその宝石に目を奪われたが、しかし姉の反応はかんばしいものではなかった。
テスカは悟る。ミュウはここにいないのだと。
「姉君、ミュウ殿はどこだ……」
「鷹の王テスカよ。一足遅かったです……あの子は……あの子は死にました」
ほどなくして鷹は悲痛に鳴いた。
恩人に報いることすら出来ぬまま、恩知らずのまま友と別れることになったことを嘆いた。
こんなはずではなかった。
彼を喜ばせるためにいくつもの山谷を飛び、飛びきりの宝石を見繕ったというのに。
「時代が変わったのです……。私たちのような一族が野山で静かに暮らせる時代では無くなったのです……。敵こそ撃退出来ましたが、男たちの半数が死にました……。私たちのミュウも……」
「そうか……そうであったか……。心中お察しいたす……」
テスカの鳴き声が止むことはなかった。
言葉だけは紳士であったが、鷹の心は嘆きで満たされていた。
なぜ一年待ったのだ。
王の勤めを果たした後、すぐにでもここへと戻って来たらミュウだけでも救えたかもしれない。
「あの子は昔から鳥になりたがっていました。きっとテスカ様のお世話をしている間、あの子もまた幸せだったのでしょう。いたずらに死を悔やむことはございません、王よ」
「……ああ、ならば決めたぞ」
テスカは決心した。
恩義は絶対に果たされなければならない。
……だから連れてゆくことにした。
「姉君よ、ミュウの遺体……墓はどちらに……?」
「あの高台の向こうです。少しでも空に近い場所が良いとあの子が……」
「そうか……。姉君よ、部族存続のことは後日話し合おう。取り急ぎこの宝石はその為に用立てると良い。だが俺は先に義務を果たす」
美しき大鷹が翼を広げる。
折れていたのも遙か昔、それを癒したのがミュウだ。
彼がいなければ墜ちた鷹など獣に狙われ、みるも無惨に死んでいたに違いない。
「どうされるのですか鷹よ」
「あの子の魂は我が連れてゆく。ミュウを、鷹の王国に連れてゆくと我は約束したのだ。ならばそれを果たすのみ……さらばだ姉君、また会いまみえよう!」
鷹が遙か小高い丘へと消えてゆく。
そこにあるミュウの墓標に降り立つと、また悲痛に獣は鳴いた。
「ミュウよ……共に行こう……。我は命ずる! ミュウよ、我が後継として蘇れ! その恩義に報い、我はそなたに新しき肉体を与えん! いざ、共に天空へ……!」
墓標より白い光球が浮かび上がった。
それは次第に形を得てゆき、やがて小さな小さな白鷹の子供へと変わっていった。
未熟なその翼が何度も羽ばたき、やがて憧れの空へと舞い上がる。
鷹の王がそれを追って飛び立った。
まだ幼い白鷹をかばうようにゆっくりと、大切に大切に見守りながら。
白鷹ミュウと王鷹テスカの伝説だけが地上に残り、やがて長い月日の果てにそれも忘れられた。
ミュウとテスカは鷹の王国へとたどり着き、今も大空を駆けている。
人にはたどり着けぬ高い高い空の彼方で、やわらかなその翼をいっぱいに広げて。




