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彼女と私

彼女と魔法と百円橋

作者: 高見 和香

 大阪市内を流れる淀川の、北と南をつなぐ橋に百円橋と呼ばれる橋があった。

 もちろん通称である。正式名称は道路標識に書いてあるので、視覚では認識しているが、声に出して読み上げたことがないので、正しい名前は知らない。

 車でその橋を渡るには、百円玉が一枚必要だ。

 登り口にゲートがあり、その手前にコイン投入口がある。そこに向かって百円玉をお賽銭のように投げ入れると、ゲートが開いて通行できる仕組みになっている。

 誰が最初に名付けたのか、そもそも名前の公募があったのかどうかも知らないが、地元の人は皆、この橋のことを百円橋と呼んでいた。


 高校生の頃からの彼女との長電話の習慣は、学校を卒業してからも続いていた。

 お互い仕事があるので、毎日という訳にはいかなかったが、話をしなかった時間が増えると、電話の時間もそれに比例して長くなった。

 そして電話代が高いと文句を言う親から逃れることと、私が運転免許をとったことで、長電話の習慣はドライブにかわった。


 残業がなかった夜は、私が彼女の家まで車で迎えに行き、淀川の北側にあるファミリーレストランへ行く。

 たまにケーキも一緒に注文するが、たいていはコーヒーだけをテーブルに置いて喋り続けた。

 音楽を聴くのが私も彼女も大好きで、次に行くライヴの相談をよくしていた。

 話す内容は長電話をしていた頃と、たいして変わらない。私はやはり彼女の声を聞いているのが好きだったのだ。


 私は左利きなので、食事の時は一緒にいる人の左側に座ることが多かった。肘同士がぶつかってしまうからだ。

 そのうちそれが当たり前になり、誰かと歩く時も必ず相手の左側に立つようになった。

 それに相手の会話も右耳から入ってくる声の方が、なんとなく心地よく響き、これは誰にも信じてもらえないのだが、左耳で聞いた時よりも右耳の方が、話の内容をよく理解できたのだ。

 もちろん長電話をしていた時も、受話器は右耳に当てていた。


 彼女は右利きで、私のように正当な理由があるわけでもないのに、左側は自分のポジションだと言って譲らない。

 だから彼女と二人で歩く時は、いつも左側を奪い合うことになる。街中で言い争いをしながら、クルクル回る二人の女の様子は、さぞ奇妙な光景だっただろう。

 ファミリーレストランの駐車場に車を停めて、店に入るわずかな時間にも左側を奪い合った。

 だから席に案内されると、向かい合わせに座った。

 話すことに疲れると、店を出て車に戻り、カーステレオでキャロルキングのタペストリーを聴いた。

 車に乗る時は、さすがの私も左側を彼女に譲った。


 彼女を家に送るのに都合がいいのは、百円橋の一本東に架かっている橋だが、私はいつも遠回りをして百円橋を渡った。

 その橋がとても美しかったからだ。

 真っ直ぐ空へ向かって立つ太い鉄柱に、何本もの細い鉄骨が伸びて、大きな三角形を描き、青白いライトで照らされている。

 その形も色も、そこからの夜の景色も、私はとても好きだった。

 

 コイン投入口に百円を投げ入れると祈りたくなるのは、日本人の癖なのだろう。私は心の中で彼女の幸せを、ゲートが上がるまでの間に大急ぎで祈った。

 吊り橋をカップルが渡ると、橋の向う側に着く頃、二人は恋に落ちると言われている。橋の向う側ではいくつものカップルが、約束を交わす。

 橋のそばには、ラブホテルが多いような気がするが、吊り橋でなくても、橋にはそういう効果があるのかもしれない。


 私は彼女に恋をしていたのだろうか。

 もしかしたら、百円橋の魔法にかかっていたのかもしれない。

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