3
「いつになったら……」
ガシャン!腕を振るうと精巧に作られたそれはバラバラになり、そこかしこに山を突くガラクタの仲間入りをする。どれも同じ顔・同じ身体・同じ衣装……彼が手に入れたいのは、ただ1つの存在だった。
壊れたまま放置され顧みられることのないそれらの眼差しは、制作者にして破壊者の魔王ファウダ・ウルティオ--“混沌の復讐者”を憐れみつつも癒やされるならと、理不尽な暴力を甘受しているかのようだった。
『--片付けましょうか?』
「え?いいよ、全部作り替えるから--」
何処とも知れぬ遠くを眺めるかのような視点の定まらない眼差し。ぼうと腑抜けたように囁き、徐にそれ--人形の頭を手に取った。
「綺麗にしてあげよう……ねぇ?愛しい可愛らしい、大事な宝物。君のためなら何でもして上げる--君に会えるなら…会え……会いたいよぉ--望むなら何でも叶えて上げる……ねぇ?」
暴虐に満ちた魔力がヒステリックな狂笑に乗って空間という空間を満たしていく。凄まじい狂気と慟哭が散乱し山を突くフィギュアを忽ち塵にする。又、気を遣ったつもりの使い魔は存在そのものを一瞬にしてかき消されてしまった・・・。
†††††
「寝ずの番をしたのか?」
消えた焚き火の前で、眠そうに欠伸をする青年に“豪腕の獅子王”リーダー、魔拳闘士カターク・ティスは声を掛けた。
ガドル・パーディアを誰よりも庭のように知り尽くしている--その噂を耳にし探し回って見つけたのが彼--占札師アヴ・グリスタ。生粋の砂漠の民らしい。
「大丈夫ですよ、体力に自信はありますから……それより砂漠が変ですね」
砂を払って立ち上がったアヴの科白にカタークは眉を寄せた。
一行の赤魔技フラウ・ワルナは、隊商氏族と行動を共にしていたらしくガドル・パーディアに詳しい。今回彼を雇ったのは、青王都ディアルトの酒場で聞き込んだからだ。
「どう変なんですか?」
一行に囲まれ赤魔技フラウの問い掛けに、アヴはふぅと息を付いた。
視線を巡らしてみると、砂丘が連なる地平の頂がうっすらと光を帯び夜明けが間もないことを教えている。雲1つない空は東雲色に澄み染まり、珍しく風がない……奇跡のような光景は、出発には申し分ない状況だった。にも関わらず……。
「気配がないのです--ガドル・パーディアは、思いの外豊かですよ?生き物達の鼓動、叫び、砂の下を流れる水音、風に溶ける息遣い……それらが、消滅えたのです」
「消えた?」
「--存在そのものが完全に途絶えた、風がないのがその証……気を付ける必要があるでしょう」
「だったら引き返すかい?」
「心配はいらない……こう見えてもあんたほどじゃないが、ガドル・パーディアは知ってる。完全に、砂と太陽だけなら邪魔されずに到着できるね」
射殺さんばかりの眼差しと揶揄混じりの科白を剣闘士トラウル・ニュートが吐き、追い打ちを掛けるように黒魔技ヒア・コーエルが後を継いだ。
「王様はさぞ悔しがるだろうぜぇ?攻略されるって--」
「貴方達は知らなさすぎる。フスーフィリ・カルクルの異質さと魔王の恐ろしさを……何より、族王ロデ・ケイサルの異常さがどれほどのものか!生還を望むのが--!?」
◆
「出発だ」
カタークの一声で一行はオアシスを後にし、砂の大洋に足を踏み出す。駱駝が歩む度に砂はキシキシと音を立てサラサラと流れていく。振り返れば風に掃き消されることなくオアシスから続く足跡が残っていた。
僅かに頬を撫でるのは駱駝の歩みに合わせた空気の揺らぎのみ。そよとも風は吹かず静寂に満ちていた。
--好き好んで死出の旅路に赴くとは--。
遠ざかっていく冒険者一行をオアシスから眺め自らに視線を流し唇を歪める。左肩から右脇に掛けて袈裟切りにされ、止めとばかりに喉の骨が砕かれた。
お陰で血塗れの手で首を支えないとガクンと落ちてしまう。加減を知らず息の根を止め命奪うことを、呼吸のように行うのは生業故だろうか?にしても短絡過ぎる行為に、更に唇の歪みが大きくなった。
一行の赤魔技は砂漠を知っているようだが、それは昨日までのガドル・パーディアにしか通用しない。生き物の気配もなく風がそよぐこともない--変貌してしまった砂の大洋を行くのなら、それ用の道案内は必要不可欠だ。
しかし、あっさりと切り捨ててしまった“豪腕の獅子王”一行。気の毒も何とも思わないが、せっかくの器を壊されたのは許しがたい……。
--警告は聞くものですよ、ねぇ?--。
誰に伝えるでもない囁きを聞く者はなく静寂が満ちる。何気に振り向いた視界の先に、オアシスは影も形もなく……思いの外歩数を稼いだと判断する白魔技リード・ヴィータだった・・・。




