名無しの冒険者
やっぱり、設定集必要かも……投稿しました
「……大丈夫か」
「怪我は治した……体力の回復を待つしかない。」
その言葉にヴィクトールは顔を歪める。障害物がないため隠れる場所はないが、怪物は彼等を見失ったのか去って行った。
1回発動すれば半永久的な魔道具を使った結界により、一応の安全は確保した。 が、いつまでもこうしているわけにはいかない。しかし、脱出する方法が見つからなかった。
「この場所は閉ざされている、《音霊》が反響するのみだ。唯一の方法は……」
ティネの言葉に覚悟はしていたが、現状で戦いを挑むわけにはいかない。
「どれ位掛かる?」
「《回復》の効果がやっと……」
「だ…いじょうぶだ――」
小さな呟きと共に支えられ体を起こしたヴァルクは、頭を軽く振って気怠さを追い払った。
「無理はするな」
「そうもいかねぇ……ぐずぐずしてる暇はないんだぜ?」
その言葉に顔を曇らせるヴィクトール。
怪物自体はCランク、高く見積もってもBランクの下位と見たが、厄介なのは凄まじい回復力と頑丈さ。それされなければ、彼等の敵ではないはずなのだ。
「あいつを倒せばどうにかなる……魔王次第だが」
その言葉に、ヴィクトールはこれまでのことを考えざる得なかった・・・。
†††††
「本当に嬉しいよ、来てくれてありがとう? あ、そうだ……来るなら夜がいい。直々におもてなしをするから、ね」
村でラヴァン・ソルティス――魔王直々の招待を受けた彼等は、望むとおり真夜中にスェターナ・サートを訪れた。
開かれた樹海の道を進むのは彼等一行のみ。生き物の気配もなく無音……重苦しい沈黙は、闇よりも暗い影の林立を目にしたことで途絶えた。
昼間の明るさと賑やかさは幻想でもあったかのように、濃い死の影を纏う打ち棄てられた廃墟がそこに在った。
入口を探すために近付くと正面ゲートの入口が開いていた。
「本当に招待してくれたんだ」
「行くか?」
「行かざる得ないね、第一失礼だよ」
お互いの意思を確認してゲートを潜り……行き着いたのが、迷宮の一部らしいこの場所だった。
『――彼等はどこにいるのですか?』
「ペナルティーで転生した僕の使い魔……餓えきった蛞蝓男。エロエ・ルマーカ――“勇者”の生息地だよ?」
“声”ではない問い掛けにラヴァン・ソルティスは答える。その顔はスクリーンに向けられていた。
音響効果を高めるために天井を高くし、6機のスピーカーが埋め込まれたその空間には、深紅の高級ベルベットを用いた肘掛け椅子が7脚単位で、5列配置されている。この世界には存在しない筈のミニシアター。そのほぼ中央の席に、白い人影がゆったりと腰を下ろしていた。
映し出されているのは、迷宮攻略中の冒険者一行。仮想ではなく、現実の光景だった。
「贅沢な気分になるね?まさか、この世界でこういう風に見られるとは思わなかったよ」
アト・クローウン――“地獄の道化師”の名を与えられ、器を得た迷宮の“意思”は、苦闘する冒険者をスクリーン越しに、ラフマ・キナウ――“慈悲の仮面”の呼称を持つ魔王と共に眺めた。
†††††
生臭く湿った空気に満たされた暗闇。ジンシィが指を鳴らすと杖の先に小さく揺らぐ《炎小精》が点った。
壁と言わず床と言わず縦横無尽に交差し、杖の先の灯に反射し煌めくのは、幾筋もの線……何かが這ったような痕に見えた。
「なんて言うか……蝸牛か何かの痕っぽい」
「……魔法は使える。いずれにしろ、何かがここにいる」
先頭をヴィクトール、殿をジンシィが務める一行は、比較的新しい粘液のような痕を辿っていく。生臭い空気に素養は感じられないが、ゆっくりと警戒しつつ進んでいき……。
「――――!!」
振り向きざまに放ったジンシィの《火球》に阻まれ藻掻くそれは、忌避すべき何かだった。
杖を一振りすると《炎小精》は燃える何かに触れ、爆発に近い熱量を叩き付ける。その隙を突いてヴィクトールの《聖槍》とマヴェールの《双刃》が切り刻んだ。
魔法と連撃のコンビネーションに、体液と肉片を撒き散らしその何かは崩れ落ちた。
人型に近いそれは全身を焼かれビクビクと痙攣している。期待外れの呆気なさに落胆しつつ、ヴィクトールは止めの一撃を振るった。が……瞬速の攻撃に阻まれた。
紙一重で躱し距離を取ると、切り刻まれ焼かれたはずの何かが起き上がる。凄まじいスピードで再生した何か――それは、生理的におぞましい怪物だった。
人型には違いないが、うねうねと動く2本の触覚と磯巾着のような口を持ち、粘液を垂らす触手が腕の部分にあるにも関わらず、下肢は明らかな人間の物――そこにいたのは、蛞蝓と人間が融合した怪物だった。
「っ……!」
怪物の動きはヴィクトール達からすれば普通の人間と大差は無い。しかし、尋常ではない再生能力と鞭のように振るわれる触腕、更に撒き散らされる粘液が厄介極まりなかった。
それでも逃げるわけにはいかない、攻略に成功すれば、彼等一行は名を取り戻すことが出来るのだから・・・。
納得いかなかった部分を訂正。