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「……回復は望めません」
医師を生業とする聖職者は断言した。
「ウトゥ・スィユートに憑かれたのですから……相手が悪すぎます」
ピクリと動かず、耳を澄まさなければ聞き取れないくらいの、弱く小さい呼吸を繰り返すティプシー・アイファ。その全身には、のたうつ蛇のように蠢く青白く光る斑紋--重苦しい沈黙が満ちる。死の宣告よりも恐ろしい事実がそこにあったのだ。
「司祭長にお越しいただこう。全てはそれからだ」
沈黙を打ち破ったのは執政官ムート・ヤーム。程なく司祭長ダイモンが王の居室へ現れ、公国王の状態に蹌踉めいた……。
◆
事態収拾の話し合いは王の間に場所を移した。
「どうしたら……王が不在では、国が成り立ちません!」
「ご負担を掛けることになるだろうが……復位をお願いする。司祭長殿、意見を伺いたい」
「やむを得ないでしょう……国を傾けることは許されませんから」
執政官ムートと司祭長ダイモンの決定は既定路線だが、反対の意を示したのは只1人--側近の貴族デレル・ダラントだった。
ティプシー・アイファを、愚鈍な若者に成長させた側近貴族ダラント家の道楽息子。腰巾着の1人だった。
「何故です!賊に襲われ亡くなっているのに--っ!」
慌てて口を塞ぎ王の間を出ようとするが、控えていた衛士に取り押さえられた。
「アトルバスタからの書簡によれば、無事到着なされ各国の使者と歓談されているそうだ。なぜ、亡くなったと?賊に襲われたとは、どういうことだ?」
「そ、それは……その--」
「そなたも、ウトゥ・スィユートに憑かれたいのか?」
司祭長ダイモンの追い打ちに、意気消沈し観念したデレルは事の経緯を説明した……。
曰く--毛嫌いが憎悪にまで発展し亡き者にする機会を伺っていた新王は、使者として赴くのを利用して殺害しようと考えた。
国内では確実に疑われるので、端境に近い城砦に馬車を待機させ、使者の一行に暗殺者を紛れ込ませた。
失敗しても国外なので言い逃れが出来るはず……そうお膳立てして、自らが暗殺者を雇ったのだと。更に、魔王の仕業にしようとしたことも語った。
「欲に溺れ倫理も何もかも無視し悪逆の徒と化す。ウトゥ・スィユートは、命を奪うことは決してしない。告発し贖罪させるために憑き--助かる方法は心の底から改心するのみ」
司祭長ダイモンの科白に反応したのは、執政官ムート。
「……棺を用意せよ」
そこまで堕ちていたのかとショックを受ける一同は、その発言に凍り付いた。
「葬儀は……民人が落ち着きを取り戻してから行う。その間に、醜聞は末端に至るまで排除する!」
「判りました--助力は惜しみませんから、何事もお申し付けください。彼のお方には伏せてくださるのでしたら」




