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迷宮は世界と共に  作者: 北落師門
第七章
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『ルウェンジリィーは戻るの。玩具(ムンヴァ)貰ったから--ふふふ、楽しめるかなぁ』

 語尾にハートマークが付いてそうな、舌っ足らずな口調で呟きふわりと宙に浮く。大きく手を叩き傀儡となった暗殺者達と共に美少女はかき消えた。

 残されたのは死体となったはずの老聖職者と殺めた護衛騎士。食い入るような視線に、目線を合わせると騎士はがたがたと震え、何かを言いたげに唇が戦慄いていた。

『どうしましょうかねぇ?』

 小首を傾げ困った風を装うと、血の気を失った顔色が更に白くなった。

 家族を助けたい一心で敬愛する(ヒト)の命を奪い絶望した……家族はとうに処刑され、彼自身も命を奪われかけた。

 しかし、死んでいない。暗殺者達は人ではない美少女の手に掛かって消えたため、家族の安否は確かめようはなく……安堵と後悔が彼--クレイ・ソルドを腑抜けのようにした。

『この通り無事なのですよ、安心なさい』

 慈愛に満ちた声音の前王に、人ではない存在が化けたという事実は彼の中から消失する。懺悔を繰り返し何度も赦しを請う。科白の端々に上る公国王の名を耳にして、“無貌の夢魔(ウトゥ・スィユート)”は悪意に満ちた笑みを漏らした。

 どのような経緯であれ王になった以上は、国と民人を安定させる義務がある。治政を疎かにするのは、愚行でしかない。現公国王は権威を振るうことにのみ腐心し、顧みようとはしなかった。

 その上、気に入らないというだけの理由で、前公国王--司祭王と称えられる老聖職者スリーエー・ソルを暗殺しようとした。

 しかも、一時期は魔王の仕業にしようなど……言語道断だった。

『赦されたいのならば、禍いを絶ちなさい。この槍には咒が宿っている……己が命をもって絶つのです《復讐者(インティ・カーム)》』

 うっすらと口元に笑みを吐き、誘われるままに槍先を自らの喉に当て全身の力を抜いた。

 自らの荷重で槍に貫かれてクレイは絶命し、ばさりと音を立てて老聖職者の長衣が地面に蟠る。そこに存在()るのは青白い光に包まれた歪な人型。性別もなく目鼻のないのっぺりした貌の、魔獣と人の両方の特性を持つ半魔人だった。

影写(ウムヴラ)》で人の中に紛れ、《黒夢(タンティヴス)》で人の精神を蝕み廃人にするが命は奪わない。夢から夢を渡り、神出鬼没で厄介な存在だった。

『さぁ、行きましょうか?』

 うっすらと空の端が明るくなり、光が林に差し込んでくる。追いやられる闇にその科白が溶け、静寂が林に満ちた。

 残されたのは朽ち果てた馬車と物言わぬ冷たい屍体が1つ。さわさわと林を風が抜けて行き、洗われるように屍体は塵と化し……いつもと同じ杣人が薪を拾いに来た時には、馬車も屍体も痕跡1つ残ってはいなかった・・・。





 

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