深森の公国
題名修正……スェターナ・サート最終編になります
--世界暦2025年、冬季11月。
「正式に招待状が届きました」
東端に位置するアトルバスタから各国に送られた書簡は、新王戴冠とその日時を知らせるものだった。
1年の最後の日--余日5日。新しい年明けと共に新王が誕生し、内外にその治政を宣言するのだ。
「ふむ、面白い……使者は余が直々に行くぞ!“英雄”に拝謁するのだから。な」
彼が得た情報に寄れば周知の“英雄”は偽物だったらしい。本物を陥れその功績を自らの私物とした……帝都フロリネフの覇王アクト・クラトルは、獰猛な肉食獣の如き笑みを湛えて吼えるように宣言した。
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「新王誕生ですか……引退したのですよ?采配するのは私ではない」
素養を使いこなせる魔技や聖職者は概して長命、約3倍の寿命があるとされていた。
ある時期から外見上の成長は止まる。子供のままだったり老人であったり、様々だが……30代前後の外見を持つ目の前の聖職者は、森に囲まれた小国--彼の名を冠したスリーエーの司祭王だった。
「……では、使者をお願いしたい。御身に障るかも知れませんが、護りたいのです」
齢140年を数え引退を宣言し、王位を譲った。
一介の聖職者が王になり得たのは勇者の存在が大きかった。
エロエ・マーリム--“勇者の師”、それが彼に与えられた称号。民人の支持で王となったが、治政など見当も付かない……当時の行政官とその側近の尽力で、属邦ではなくなった。
魔王の承認を得て国となり元の名ではなく、彼の名が国名となって王と認知されたのは、未だに理解出来ない出来事で……。
「護るとは大袈裟な……見えずとも私は老人、余命などないに等しい。使者ならば、代わりの者を立てなさい--」
全てを受け入れるかのような佇まいに唇を噛む司祭長ダイモンだった。
権力は腐敗の温床でもある。国になったことで登場した特権階級は、ティプシー・アイファを主として傍若無人に振る舞うようになり……表立たないものの、彼は民人の支持を失っていった。
己に原因があると理解出来ず、権威を盲信する若者--行政官エクセリ・アイファの孫は、王位を取り戻すと息巻いてクーデターを起こそうとした。
機先を制して王位を譲り引退したのは、国の疲弊と混乱を避けるため。以後聖職者としての日常を送る、森の奥に小さな庵を結ぶ彼の王を、度々亡き者にしようとするのは新王。
名ばかりで権威を持たない、精神的支柱という解らない代物で民人に支持されており、猛烈に気にくわない……それが、理由だった。
◆
『どちらへおいでですか?』
「ギフトを届けてくるよ……お見舞いもあるから、遅くなるよ?」
アト・クローウンの問いかけに答え、姿見の前に立つと鏡面に光が走り細波のように揺れる。マジックミラーを利用した転送陣がシア・ディーアルを目的地に送った・・・。




