福音の城砦
スェターナ・サート以前……
神の概念がなく“理”が支配するサウファ・アーレムには、迷宮が点在し……それぞれに管理者として魔王が存在する。又、1つとして同じ迷宮は存在してはいないのが、常識でもあった。
アルヴァロ・マーロの南西。湿地と平原の中間のような大地にあるエンジール・ファソナが、変わり種の迷宮として認知されている最大の要因は、初心者や駆け出し--初級クラスの冒険者達を対象としていること。貧弱な装備や実力しかない彼等が、攻略に赴ける唯一の迷宮として位置づけられているからだった。
そのためギルドの出張所があるショフェール・クファルは、ここ以外にはなかった……。
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--世界暦2004年、夏季6月。
「3回目か……無茶はするなよ?」
「同じクラスの冒険者とパーティーを!ソロは無謀だわ」
「これで冒険者だ、危ないと思ったら逃げるんだぞ」
「ボロボロじゃないか--甘く見すぎたな」
「白銅3枚……珍しいが使い手が限定されてる」
「修理より買い換えろ。隣の道具屋なら安価で質がいい」
ギルド出張所の職員は、元冒険者3人に現役が1人、アーティスト1人とギルドマスターの6人で構成されている。初心者や駆け出しクラスの冒険者を支援し、一時の情熱による悲劇や将来が閉ざされてしまう事態を回避させるのが、彼等の仕事だった。
「これで冒険者だ……無茶はするなよ?」
カードを受け取った少年--ハノ・ラクワは13才。15才が成人とされるこの世界で、冒険者は13才から就くことの出来る職業として認められており、誰もが1度は憧れる職業だが……。
◆
「本当に解けるのかしら……?」
宿泊所の部屋で彼は独りごちる。ゾフィー・アミラは元貴族の令嬢で、亡国による天涯孤独が冒険者への道を選ばせた。
卓越した弓の実力が、彼女を上級クラスの冒険者へ押し上げる。妬みややっかみをモノともせず我が道を行く彼女に、突如災難が降りかかったのはある依頼が切っ掛けだった。
一方的に好意を寄せ己の所有にしようと画策した老商人が、依頼の報賞としてメダルを贈った。
そのメダルに込められた魔法は、彼女が常に身に付けている護符によって阻害される。しかし、不完全な状態で発動した魔法は、彼女を異性の少年にしてしまった。
魔法を解くにはアーティファクトが必要だが、それを入手するには迷宮を攻略するしか術はない。しかし、少年となってしまったため1からやり直すことになったのだ。
「無事に登録されたんですね……微力ですが、お手伝いします」
思いに沈んでいるハノに、パーティーのメンバーであるセラス・エクエス--赤魔技が目線を合わせ、科白を紡いだ。
「他の皆は?」
「準備中です。エンジール・ファソナは一筋縄ではいきません……万全の態勢が必要ですから」
息を吐き気持ちを切り替えたハノ=ゾフィーは、小さくなった両手を見つめ固く誓う。呪いのような魔法を解き、元の真姿に戻ることを・・・。




