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「新王が誕生するのですね」
聖都ドゥーエ巫女王アリセプテはその報告を受け取ったが、その顔は曇っていた。
彼の国アトルバスタの王は1代限り。冒険者としての実力だけが王の証明……“英雄”テロー・グロリアと“栄光の御手”を迎えたのはつい最近。迷宮攻略に赴いたまま、無事に生還したという報告がなく、気掛かりではあった。
「“英雄”の名は?」
「“勝者”ヴィクトール・セライ、率いるのは“秩序の担い手”と。全ての条件を満たした上で、スェターナ・サートより帰還したそうです……」
大きく目を見張るアリセプテ。
「では……どのような方々なのか、早急に報告を」
部下が退出すると玉座に背を預ける。聞き覚えのある名だと記憶を辿り……自らの予感は間違っていなかったと、確信した。
かつて……巫女王に即位して間もない頃に出会った10代半ばの少年は、見た目ではなく存在そのものが浮き上がって見えた。
思わず名を問い言祝ごうとしたのだが、少年は名乗っただけで立ち去ってしまった。
その時の強い眼差しは、未だに忘れることが出来ず……。
「苦難を乗り越え成し遂げたことを言祝ぎましょう。平穏なる治政を望みます……」
†††††
「新王誕生か……」
「お墨付きがあるそうだよ?過去に攻略してたんだって」
お馴染みの4人の魔王はスェタナ・イェスチに集っていた。
目的は新王へのギフトを考えることと、“栄光の御手”の動向を確かめることだった。
「資料手に入れたぞ。今まで“英雄”だったのは、偽物らしい……即位するのが、本物だ」
ゴラル・フネル--“運命の助言者”と呼ばれるシア・ディーサ--下級3位の魔王が姿を見せる。その手には、羊皮紙ではなくA4サイズの紙の束が握られていた。
「紙なんて久しぶりに見た」
「この手触り……懐かしい」
「どれどれ……」
魔王達は馴染み深い紙の感触や匂いを確かめる。サウファ・アーレムにおいて紙は極めて高価な贅沢品で、手に入れるのは難しかった。
木皮紙は、樹皮を繊維に沿って薄く裂いて貼り合わせた代物で、紙と呼ぶには程遠い。印刷技術がなく手書きなため、インクの匂いが鼻を擽った。
ペラパラリ……しばらくの間、紙を捲る音だけがスェタナ・イェスチを支配し、一通り目を通した5人の魔王は、大きく溜息を吐いた。
「えげつないことをしたのう……まぁ、自業自得じゃ」
ズズーッ。ほこほこと湯気の立つ般若湯を口にしつつ、ヘレシャー・グァナンは呟いた。
「そうだよ。最後に選んだのがあそこってのも……こういうのって、なんて言ったっけ?」
「因果応報……違うか?」
クルム・メレフの問い掛けにゴラル・フネルが答えた。
5人の魔王は大きく頷き合うと、話題を切り替える。前回のお知らせには宴を開くとあった。
彼等より上位の魔王直々の招待を拒否するのは出来ない相談であり、新王承認を示す魔王のギフトは、それぞれのセンスが問われる。更に重複するのは魔王の矜恃にも関わり、絶対に避けたい事態でもあった。
そのため、あーでもないこーでもないと、魔王達は侃々諤々の議論を展開するのだった・・・。




