深層の断片
女神様と対決
「どうも落ち着かない……」
シア・ディーアルは傷1つない白い左手を撫でる。常に手袋に包まれていたのに、今は右手だけだ。
血に染まり破れたそれは、どこから聞き込んだのかアーティスト達がやってきた。
彼等によれば、職人技の粋を結集した代物だから修理させてくれ。そうまくし立てるので場所を提供した。そして、彼等は現在修理の真っ最中にあった。
改めて自分の手を眺める。裏返してみたり握ってみたりして、貧弱だと認識した。
『これを……お確かめください』
アト・クローウンが持ってきたのは修理に出していた長手袋だった。
見たところ変わったところはなく付け心地も悪くない。一呼吸付くと、この世界では先ず出ない珈琲が目の前に置かれた。
「ありがとう……何?」
『彼は何者なのですか?なれの果てだとおっしゃっていましたが……』
その問い掛けに魔王は珈琲を運びつつ、口を開いた……。
◆
人は死ぬと“理”によって白紙の状態になり次の生に移行する。転生は前世を保有したまま次の生に移行することで、滅多にはなかった。
転生と同じだが記憶を持たないのが前世持ちで、彼等は前世での知識や技能を身に付けている。しかし、それらは役に立つよりも迫害やお荷物扱いされることの方が多かった。
「魔王達の間ではね、魔王は元の世界ではなく、この世界で転生するんじゃないかと考えられてる。前世持ちがそうじゃないかって、見てる節はあるよ」
『彼がそうだと?』
「転生の例を挙げれば、エロエ・ルマーカがそうだね……あれは“理”を歪めようとしたってペナルティーだから、例外だけど」
『転生ではないのですか?』
「この手袋修理してくれた彼等はね、魔技だけど職人なんだ。前世持ちと最初に確認された魔技が始祖--その前にある魔王が不在になった。自らを発明家だと名乗って色々なものを作り出したんだけど、その魔技はね誰も教えないし、知らない知識や技能を持ってて魔工芸品を生み出したんだ」
『だから、魔王は転生すると……』
「かも知れない。この世界での技術革新や文化の進展は、前世持ちが関わってるのは確かだしね。彼については元勇者で……僕とも無関係じゃないと思うよ?」
◆
「これが過去の勇者達です。こちらが《封縛》した3度目の勇者--」
聖都ドゥーエで巫女王アリセプテに図録を見せて貰った。
後世へ伝えるために残されるという勇者の肖像は、甲冑やローブではなく黒の軽装に部分鎧を着け、2振りのグラディウスを手にしており、印象としては忍者を連想させた。
特に彼の目を引いたのは喉元の刺青。禍々しい印象を受けたから、記憶に残っていた。
だから、ガルディノの新しい芸人--剣舞の使い手に、酷似した痣があるのに驚き……女神を名乗ったあれの気配は、クルヴァーティオ浄化の時に感じたものと同じだったのだ……。
「まだ目覚めない?」
『かなり疲弊していますね、心身共に限界に近い--』
「様子を見てみよう」
シア・ディーアルは珈琲を飲み干しアト・クローウンと共にセアの見舞いに向かった・・・。




