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「魔王ね……何をするの?」
『クルヴァーティオは浄化されたことで新しい迷宮の……雛型になるの。勇者は魔王にジョブチェンジをして、迷宮を造り上げるのが仕事だわ』
「……」
『貴方が望むならそれらしい格好も出来るし、新しいスキルも付与出来るわね』
「今のままでいいよ。困ったこともないし必要性がない」
『そう……新たな魔王よ、汝に迷宮の管理を命じます。つつがなく勤めなさい--』
†††††
「下郎ガ……逆ライオッテ!ジャガ、守ルダケデハ勝テヌゾ!!」
精度と鋭さを増したセアの剣戟が容赦なく、シア・ディーアルを見舞う。《印章盾》では防ぎきれない攻撃は身に纏うローブがダメージを減らす。防戦一方の魔王は誰の目にも形勢不利なのは明らかで……アト・クローウンは気が気ではなかった。
しかし、人々や従業員の安全確保を優先するのが魔王の望みなので、見守るしか出来ないのだ。
ザイフ・シラマーニは展開する攻防に魅入られる。今は名を変え国となったアドエアに赴任した一介の魔技は、民人がことある毎に口にするエロエ・ヴァイスに興味を持った。
仕事の傍ら4人の勇者について調べていく内に、道を踏み外し禁忌を犯してしまった。
各地を転々とし魔人と恐れられ……そんな中、彼はシア・ディーアルに従業員として雇われ現在に至っている。彼が知る限り、シア・ディーアルが戦ったのはクルヴァーティオ浄化の時以外にはなかった。
その時の戦いさえ伝聞でしかないのだから、防戦一方とはいえ目の当たりにしたのは幸運以外の何ものでもなかった……。
◆
「ドウシタ…!?」
セアの動きが急に鈍くなった。
脱力したようにグラディウスが地面に落ち、苦しげに喉を押さえて蹲る……。
「人の身体は頑丈じゃないよ?幾ら鍛えても限界はあるしね……」
ヒュウヒュウと喉が鳴る。酸素を取り込めないのか、息が上がり呼吸が出来ない。心臓の拍動は激しく目眩さえ伴っていた。
「酸欠みたいだね?無茶しすぎて心肺機能が悲鳴上げたみたいだよ」
ガリッ…形の良い爪が石畳を引っ掻く。ボタボタと汗を滴らせ苦痛に顔を歪めるセア--自称女神は、見下ろすシア・ディーアルを睨め付けた。
「よくは分からないけど助けて上げようか?」
「甘イワ!!」
至近距離の魔王に、起き上がりつつ握り直したグラディウスを下から突き上げ--誰もが凍り付いた。
躱しようがないそれをシア・ディーアルは左手で受け止める。掌から甲に突き抜けた刃に鮮血に染まる手袋--弧を描くばかりの口元が、三日月型に開いた。
「捕まえたよ?異界の女神様--」
「離セ!イ、嫌ジャ……」
甲高い悲鳴を上げて逃れようと藻掻く女神。傷が拡がるのも構わずグラディウスを握り腕を横に振る魔王……泳ぐようにセアの身体が石畳に投げつけられた。
「ヨ…寄ルデナイ!ヒッ……タ、助ス--」
アト・クローウン、ザイフ・シラマーニは展開のちぐはぐさに戸惑う……不利なように見えて実は有利な位置にあった魔王に、一矢報いようとした自称女神。魔王の身体を傷付ける暴挙から一転、萎縮し恐怖に怯え命乞いをしながら、這って逃げようとしていたのだ。
「心配いらない。僕はこの世界では“治癒師”なんだ、治して上げるね」
血に染まった左手がセアの髪を掴み無造作に引きずり上げた。
「--往生際が悪いよ?女神様」
青ざめ嫌々と首を振る自称女神の額にシア・ディーアルの指が触れ、次の瞬間がくりと首が仰向いた・・・。




