傀儡の人形
ホラー強め傾向
「何としても採用されてぇ……」
集まっている芸人達の思いは1つだった。
十人単位で割り当てられた大部屋は広く、整然とベッドが並んでいる。埃1つなく毛皮のような敷物が敷き詰められた床は彼等の足音を吸収し、その手触りは毛皮以上にしなやかだった。
又、洗い立てのように真っ白で清潔なベッドの気持ちよさと言ったら……風変わりな道化師は、明日から本格的な試験に入ると言っていた。
眠れそうにはなかったが、充分に休息しなければパフォーマンスに支障が出る。それぞれがベッドに入ると、それまで明るかった室内が何もしていないのに暗くなり、思わず跳ね起きる芸人達。だったが……猛烈な睡魔に襲われ、数分後には寝息が聞こえるだけになった・・・。
◆
(トイレは……っと)1人の芸人が部屋を抜け出す。大人2人が余裕ですれ違える廊下を挟んで向かいに扉が幾つもある。彼の部屋側も同じで見回すと、天井に走る人のような絵が書かれたプレートがあった。
それを目指して進んだ先は曲がり角で、その先には〇と▽が組み合わされた絵のプレートがあり、入ってみるとトイレらしかった。
用を足した芸人は部屋に戻らず舌舐めずりをして、走る人のような絵の先に向かう。程なくすると同じような絵が大きく描かれた扉があるが、把手のような代物はない……用心深く探っていると、カチリと小さな音がして隙間が出来た。
「不用心だ……夜明けまでには、戻ってくるぜ」
誰にいうでもなく芸人は外に出る。ひらひらと左手が奥に消え……扉は音もなく閉まり静寂に満ちた・・・。
†††††
「よく休まれたようですね。では、皆さんのパフォーマンスに合った会場へ案内しましょう」
道化師がそう言うと、ぎこちない動きで人ほどの大きさの人形が5体現れた。
「昨日割り当てた部屋がそのままグループになります。彼等--人形に付いていってください。そこでパフォーマンスをしていただき、採用者が決まります」
ぞろぞろと付いていく芸人達から彼は1人離れると、道化師に声を掛けた。
「あのぉ……仲間の姿が見えなくて、迷子になってんじゃないかと思うんだが」
「では探しておきましょう。心配でしょうが会場へどうぞ」
◆
“御使の羊”が案内されたのはコロシアムのような円形の舞台で、そこに彼等以外の芸人の姿はなかった。
「ようこそ。パフォーマー諸君!」
3つの照明が舞台中央に当たる。そこに現れたのは、ずんぐりとした樽のような腹を持ち、毛先がカールした鼻髭の男。
「時間に制限はない。存分にパフォーマンスを見せてくれたまえ」
その言葉を合図に彼等は一座として培ってきたパフォーマンスを披露し--乾いた拍手が聞こえ動きを止める。
「お見事です、貴方方は採用になりました……お疲れでしょう?こちらでゆっくりと休まれてください」
◆
「何処に行ったんだ……」
パフォーマンスが終了し採用を告げられたアス。仲間のエフェスは待てど戻ってはこなかった。
道化師は探すと言っていたが、どうなっているのかは分からない。抜け駆けを図り捕まった可能性は否定出来ず不安が襲う、と……。
「すまん…迷った」
聞き慣れた声に振り向くと青白い顔のエフェスが立っている。疲れているのか活気が見られなかった。
「どこいってた!心配したんだぜ……顔色が悪いぞ」
肩に手を触れその冷たさに思わず身体が引く。全体的に違和感が強くなり、知らず後じさった。
「エ、フェス……ヒッ!」
ぐらりと相棒の身体が傾ぎ床に倒れる。カラカラと音を立ててバラバラになるが、血は一滴も出なかった。
『好奇心は猫をも殺す--ここが何処なのかお忘れのようですね』
音ではない“声”が耳朶を掠め強い照明が彼に当たる。くっきりと現れたアス・ラド--彼自身の影がぺらぺらのまま立ち上がった。
身体は凍り付いたように動かず声も出せない、ニィッ……影の口が三日月の弧を描く。反転した視界に入るのは、高い天井と彼を覗き込む影。その手には大きなはさみが握られていた。
ぎゃあぁぁぁぁっ!?絶叫が会場に反響する。しかし、助ける者は存在せず照明が消え、影は消失し会場も何もなく、闇だけが拡がっていた。
転がっている四肢をバラバラにされた人形と首が切断された人形は、操り人形のように起き上がり組み上げらていく。そして、カタカタと音を立てながら闇に溶けた。
それは、ガルディノに新たな従業員が誕生した瞬間だった・・・。




