とある勇者の顛末
“理”に情はありません……魔王もそうですね。
俺は勇者だ。いや、勇者と呼ばれていた。
元は普通の人間。異世界から勇者として召喚された。
目的はクルヴァーティオ浄化。魔王が不在になったことで、世界に禍を起こす歪みをなくすことだった。
勇者と魔王はセットじゃないのか?勇者の本分は魔王を倒すことの筈……魔王を倒し、世界を救うのが勇者の仕事だろう?俺は、世界と名乗る爺にぶつけてみた。
しかし、返ってきたのは魔王不在のクルヴァーティオ浄化。魔王は迷宮の管理者で必要不可欠な存在だと言われてしまった。
想定外の事態に混乱する俺を、爺は厄介払いするようにクルヴァーティオ浄化へ向かわせた。
行き着いた先は何と言ったか……小国で、そこで勇者として鍛えられレベルを上げた。
晴れてクルヴァーティオ浄化に赴く。しかし、勇者ならば魔王と戦うのが王道だろうと、前哨戦のつもりで近くにあった小迷宮を襲撃した。
勇者としての実力が証明出来る--そう思ったんだ!
しかし、俺は死んだ。
本当に呆気なく死んだんだ・・・。
†††††
「あれ?人型には違いないけど……難ありだね」
目の前にいるのは何だ?俺は戸惑い問い掛けようとして、ふと気付いた。
どろりとした粘液か何かが手に着いている……そう思ったのに、触手のような代物が俺の意思に応えるように蠢いた。
叫び声を上げようとして、声--声を発生させる器官がないことにも気付き、俺はパニックを起こしていた。
「こういうのは、因果応報っていわないか?蛞蝓勇者殿」
その科白が、俺に明確な自我を与え記憶--前世を一気に思い出させた。
「復讐ってする理由が分からない。新しい迷宮の管理に人手が足りなくてね、君を探してたんだ」
前世を思い出し現状に混乱する俺を無視して、鏡なのか磨き上げられた円盤を目の前に掲げられた。
そこに映し出された真姿に俺は絶望に打ちのめされる。喚き絶叫したいのに、声そのものを発することが出来ないのだ!!
勇者であろうとしただけなのに!俺は勇者で、魔王は倒すべき--なのに、俺は蛞蝓なんかに。人間ではなくなった……何したって--!?
「ペナルティーとはいえ転生したし、僕の使い魔になったんだからね。しっかり働いて貰うよ?」
†††††
あれからどれ位過ぎたのか……俺は、そこにいる。給料は現物支給--いわゆる冒険者の命。バラバラにされようが焼かれようが何されようが、俺は死なない。だが、不死身ではなかった。
主人である魔王が、死が遠ざかるようにと《祝福》を掛け、死ぬことだけが出来なくなったのだ。
だから、今は後悔しているし、助けてくれるのならばどんなこともする……のは確かだが、本当にそうなのか自信がない。人間だった……いや、今は蛞蝓--環境に慣れたせいか、勇者だったことを忘れそうになる。人間だった時の記憶は曖昧で、意識しなければ勇者だったことも忘れそうになっていた。
だから、俺は殺して貰おうと冒険者を見かけては近付いていく。粘液を引きずり絡め取ろうと腕の触手を伸ばす。しかし、奴等は近付こうとしない。俺を避け近付こうとすれば、飛び道具や魔法で足止めされ、去って行くのだ。
そうして残されるのは俺1体。空腹を抱え絶望を紛らわすために迷宮を徘徊する。小動物も昆虫もいないこの場所が、俺の居場所--いつ来るとも知れない冒険者を待ち探す。それ以外に生きる術を俺は持たないのだ・・・。




