転職のすすめ
とりあえず……過去編終了。
「ここは……あぁ、夢の中だ」
『夢ではないわ!起きなさい、勇者!!』
呟きに応えるように女性の怒鳴り声が鼓膜を震わせる。顔を上げればプルンと揺れる大きな胸があり、覗き込まれるように顔が間近にあった。
薄絹だけを纏った豊満な肉体の絶世の美女に、押し倒されているシチュエーションだが……。
「寒くないですか?で…神様で合ってますか?」
『……つまんなぁい!』
拗ねたように美女が離れる。起き上がった彼は周囲を見回し、見覚えがあるな。と、認識する。淡く白く輝く上も下もない空間にいた。
「僕に用ですか?」
『調子狂うわ……魅力ないのかしら? 貴方達から見れば神様かも、でも違うわ。だって、この世界の概念にはないもの』
会話するために、心象に最も残る姿を取るそうだが、様々なパーツを無作為に集め構成したのは、心象が全くなかったためらしい。そして、美女は“理”に沿った存在と言った。
どう呼べばいいのかと問えば、“世界”と答える。曰く、召喚された勇者達の共通認識なのだそうだ。
「では、世界様。僕に何の用があるんですか?」
『貴方のお陰で歪みは浄化されたわ。勇者としての役目は終わったの、だからここにいる……』
「それで?」
『今後の事だけど、貴方にはジョブチェンジして貰う必要があるの』
「魔王になれってことでしょう?でないと、元の世界には戻れない」
美女--世界はガックリと項垂れた。
過去のどの勇者よりも冷静で物分かりが良すぎる上に、穏やかな反応しか返さない。魔王同様に勇者の動向を観察してきた彼女は、改めて目の前の青年--救世至人の異質ぶりを痛感した。
そういえば、最上位の魔王は目の前の青年を確か--“善意の簒奪者”と呼び、元の世界で最も巨悪冷酷無比だと評していた。と思い至った。
しかし、このままいては、新たな歪みが生じかねない。サウファ・アーレム--この世界についてのレクチャーをするために、世界は気を取り直して彼と対峙した・・・。




