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「あ、れは……」
「まさか……」
丘陵より成り行きを見守る彼等は、ゆらゆらと近付く“何か”の正体に気付き、歯の根が合わぬほどに震えた。
浄化に向かった勇者は3人。“何か”がその勇者だと言うには、おぞまし過ぎる姿だった。
頭は1つだが大きく歪み目が3つに口が2つある。右胸に当たる部分には左肩から右脇に向けて袈裟懸けされた上で、、貼り付けられたかのように少年の上体が生え、空を掴もうとしていた。
更に、右肩から伸びる腕2本はどちらも左手、左肩から伸びる腕は1本で剣が握られており、もう1本の腕は少年とは反対側の腰の辺りから突き出ていた。
へなへなとへたり込み、嘔吐く者もいる。武勇で慣らした男達の誰もが、恐怖に打ち震えていた。
「な、ぜ……」
「--《復活》は死と同時に発動します。肉体や素養、能力は強化されても……精神はどうでしょうか?」
「勇者ならば耐えることも……」
「1度や2度ならば……何度体験したのか、ましてあの姿は--」
†††††
「……れ!」
「な、ぜ……がぁっ!」
「ゆう………じゃ、のに--おぉぅ!!」
「ごん、な--ぁ!」
耳障りな濁音混じりの音がこぼれ落ちる度に、素養を纏った血が彼等の負の感情を吸って斑蛇に変じ……エロエ・ヴァイスめがけて襲い来る。しかし、《絶対防御》はそれらを消滅させていく。どんな魔法も物理的な手段も、あらゆる攻撃や悪意も、勇者--至人のオリジナルと言える魔法は排除する。例外は自然現象とそれに伴う質の事象のみであり、弱点は内にいる者にも効果を発揮することだった。
「ゆ、勇者殿……」
マウロサは覚悟を決めて、常と変わらぬ勇者の元に歩を進めた。
「あれは--」
「何だろうね?確かなのは治癒が必要って事だよ」
「あれは、赴いた勇者達です!助けなくては--」
「内にいる限り魔法や物理は一切使えなくなるから無理だよ……出来れば、丘陵にいた方がいいね」
苦痛か怒りか、その両方か……ギラギラと睨み付ける眼差しは、マウロサに向けられたものではないと分かっていても、卒倒しかねないほどの狂気と憤怒に満ちている。口角が僅かに上がっているエロエ・ヴァイスの表情はどんなものなのか……。
「ひっ!」
思わずマウロサは身を縮める。血がこびり付き錆び付いたような……闇属性の禍々しさを纏った“破妖の剣”が、《絶対防御》に突き立てられた。
「ぎ…ぎゃあぁぁぁぁっ--!?」
破妖の剣が砕けその破片が彼等を切り裂く。傷口はブスブスと煙を上げ炭化……血と臓物を撒き散らし、腕や首が皮一枚で辛うじて繋がった状態だった。
それでも尚蠢き、残っている手の中に赤光の塊が浮かび上がった。
「《火……球》!!」
至近距離で放たれた火属性の魔法は、《絶対防御》の表面をなぞって反射され、彼等--異形と化した勇者達は弾き飛ばされた。
叫び声や衝撃波も何も聞こえない無音の光景……浄化に向かった勇者達の今の姿に、顔を背けることも出来ず、見つめるしか出来ないマウロサは、その科白にエロエ・ヴァイスの方を見た。
「そろそろ離れた方がいいね、解くから--《風霊天使》運べ!」
キ…ーン!甲高い金属音に重なるように、マウロサは身体が浮く感覚に戸惑う。旋風のような存在が笑ったように見え、巻き上げられる木の葉のように丘陵の上に運ばれてしまった。
「大丈夫か!」
「今のは……!?」
巻き上げる風で、常に覆っている前髪が乱れて勇者--エロエ・ヴァイスの貌が垣間見えた。が……澄みすぎて生物の住めない湖を彷彿とさせる2つの宝玉には、感情そのものがなかった。
そして、人が持ち得る性質ではない、口角だけを上げた笑みはマウロサに、息だけでなく心臓さえ止めた--そう認識する程の衝撃を与え、動揺と混乱に襲われる彼は、ラグランの問い掛けに答えることが出来ずにいた・・・。




