勇者始動
初めの一歩。
「勇者か……何をすればいい?」
「先ずは、レベルを上げねばなりません。戦う術を身に付けねば――我等が頼れるのは、貴方方だけなのです」
聖都ドゥーエを護る騎士兵団の団長ラグランが頭を垂れる。50代位の地位のある男が、33才の若造に頭を下げる様は痛快で、彼は鼻で笑った。
「戦うなど簡単じゃないか?この剣で切り倒せば良いんだし……攻撃は最大の防御っていうしなぁ」
玉座と呼んでも差し支えない椅子から立ち上がると、勇者でなければ扱えないという聖剣“破妖の剣”を抜いて一閃した。
「それに、魔法も使えるんだ。今すぐでも構わないんだ」
尊大な若者に控えている副団長アルオは頬を引き攣らせた。
筋肉の付き方、足の運び方、苦労知らずの柔らかい手を見れば、戦った経験が全くないのは明白。勇者として召喚されたからこそ、聖剣を扱え巫女王以下従うのだ。
「貴方方は我等が希望、万全の態勢が必要なのです……どうか、お願いします」
鷹揚に頷いて立ち去ったのを確認し、改めて今の状況を考える……戦う術は確かに持っていない。実際に武器を取って戦うことなど無縁だし、ニュースの中でしか知らなかった。
「レベルねぇ……あれか?モンスター倒すのか。ゲームと同じなら楽勝だな」
上げ膳据え膳のVIP待遇に加え、誰もが彼に傅く。元の世界なら、考えられない状況で將人は高笑いをする。気になったのは複数形だったこと、他に勇者がいるのなら牽制する必要があった。
地位も名声もあり優秀な存在である彼にライバルは存在しない。向かってくるなら徹底的に潰してやる……暗い笑みを浮かべる各務將人だった・・・。
†††††
「ここは試練の洞窟。Lv3に上がれば転送陣が自動で帰還させてくれます……過去の勇者もここから始まりました」
副団長アルオと上位魔技ディダを引き連れて將人は洞窟に入った。
じめじめと湿気が多く生臭い空気に眉を潜める。足場も悪くゆっくりと進んでいくと、転がった小石がボコンっと、跳ね返った。
「……スライム!」
生きた――動くスライムに感動しつつ剣を振るった。
ゲームでお馴染みのそれは2つに分かれどろりと溶ける。手には餅か何かを切ったような感触があり、現実だと認識した。
「臆せず、倒すのですから流石ですね」
「この調子ならレベルアップは早いかと……」
2人の言葉に自信を持ち、スライム、蝙蝠、蛭と切り倒していく。夢中で剣を振るいどれ位過ぎたのか、脳内に陽気な旋律が流れた。
「どうしました?」
「レベルアップしたようだ」
その科白に連動するかのように、足下が光り3人は転送された。
「――よくぞご無事で」
巫女王アリセプテが労った。
「本日はお疲れでしょう?無理は禁物ですから――」
召喚から3日目――。初めて武器を手にし、モンスターと戦った。
その感触と伴う疲労に中々寝付けない。だが……このサウファ・アーレムという世界が異世界であり、現実だと各務將人が理解するには充分過ぎる体験だった・・・。




