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とりあえず、一区切りかな
ザイフ・シラマーニ――白魔技だという男は、レベルが低く使える魔法は《防御》と《治癒》の2つだけらしい。ギガントに喰われた一団は亡命のために危険を冒して“魔境”に足を踏み入れ、彼が助かったのは役立たずな上に体力がなく、取り残されたのが幸いしたらしかった。
「この河沿いにいけば、森国スリーエーが開拓いたショフェール・クファルに出られる。戻りたくはないけど……事情を報告しなきゃいけない」
アルとタシャの2人はザイフの案内で川沿いを進み、遭遇したライカンスロープ、人魚を退けて、3度の野宿を取ったところで河の終わりが見えた。
進むにつれて暗い森は光が差し込むようになり、湿った淀んだ空気が薄れていくのが分かった。
「もう少しで抜けられ――」
炸裂音と共にザイフの頭が吹っ飛ぶ。脳漿や肉片、血を撒き散らして彼の物だった肉体は転がった。
木々の影に隠れて様子を伺えば、ボロボロのローブを纏った人影が佇み、その両手には銃が握られている。印象では男のようだが、確認できるのはフードの奥に点る血色の光……それよりも、アルが気になったのは硝煙を立ち上らせる銃だった。
「タシャ……あれをどう見る?」
「どうって……」
言われて見直し、首筋の毛がざわりとする。確認は出来ないがライードが愛用していた銃に似ているような気がした。
しかし、今いる場所はスェターナ・サートではない。彼は鏡だらけの迷宮で絶命し、身体はそこに残されたままの筈だった。
「どっちにせよ、あれを倒さなきゃ出られないんだ」
銃使は2人にとって厄介な存在、特にアルを含め魔技にとっては天敵と言えた。
同じ飛び道具でも弓矢は軌道を変えたり、《防御》で防いだり、《加速》で躱すことが出来る。しかし、銃は発射された弾丸が早過ぎて、魔法が追いつかない。その上、魔技は魔法が使いにくくなるため、ソフトレザーか魔法強化されたローブくらいしか防具としては使えないのだ。
タシャにしても銃使は警戒すべき相手、連射出来ても単発なら躱せる自信がある。しかし、かつての仲間――ライード・エリキュースのように2丁同時に扱える相手だと、状況的には不利だった。
「使いたくないんだが……」
アルは呟くと右手の人差し指から指輪を外した。
「エダナ・アン・カブート――断罪の蜘蛛って呼ばれてる」
「不吉な……」
「外すと呪われるんだけど……あれの隙を突くには仕方ない!」
指輪が鈍く光り、大蜘蛛が人影に襲い掛かった。
件の大蜘蛛は動くものを狙うが、攻撃されればそちらを優先し脅威を排除しようとする。又、倒されればその膨れた腹から無数の子蜘蛛が飛び出してくる。というおぞましい存在だった。
立て続けの炸裂音を背に、光が零れる木々の間を抜けて走り続けていたが……凄まじい断末魔と何かが固いものを囓るような音に足を止めた。
大蜘蛛は呆気なく倒され、小さな血色の甲虫がびっしりと張り付いている。ボロボロのローブからもぞもぞと這い出すのは、同じような血色の……それが2人の足下にも躙り寄りマギア・ファオだと分かって飛び退いた。
「づ、かま…え……たぁ――」
タシャの目の前で、アルはかつての仲間……辛うじて人の姿を保つ、正確には非業の死を遂げ甲虫の宿主となったライード・エリキュースに、捕まり血色に染まった。
「はっ!」
タシャのライトメイスがライードを薙ぎ払いマギア・ファオを焦がし尽くす。しかし、尽きるどころか数を増し……アルの身体は半ばまで喰われ、残りの部分は呪いが発動したのか塩の柱と化していた。
「……無念だね」
大きく息を吐き、持てる素養をライトメイスに纏わせる。そして、タシャ・ネジャルは自らの首にそれを当てた。
『……劇的っていうんですかねぇ?まぁ、いいですけど』
ひょこひょことマギア・ファオの間を跳ねて、首のないそれは冒険者の遺物を回収する。今回の冒険者達はかなりの実力者だったらしく、どの品物も一級品。更に特級品も混じっているのを確認して、スキップに軽やかさが加わった。
『随分と充実しましたよ……おや、これはいい」
血の気のない手が掴んで持ち上げたのは、タシャ・ネジャルの頭部。ヒョイッと肩の上に乗せ数分の間、動かさないようにすると、初めからそうであったかのように傷1つ無く頭と身体が繋がった。
「なるほど……次は傭兵ですか。楽しみだけど、回収が先ですね」
タシャ・ネジャルの頭を自らのものにしたのは、頭を破壊され屍体となった筈のザイフ・シラマーニ――“偽りの霊媒師”と呼ばれた白魔技。魔法の才を過信し禁忌を犯して堕ちた彼は、彷徨っていた所をシア・ディーアルに従業員として雇われ今に至っていた・・・。




