失墜の英雄
題名変更
「これは……?」
テロー・グロリアは呆然と、目の前の光景を見つめる。鏡だらけの迷宮で、ヴァタラ・ファウ――“栄光の御手”の仲間である白魔技を助けるために、敢えて抵抗せず飲み込まれた。
同じ場所に送られる可能性は低くてもその選択肢しかなく、彼等の実力なら何とかなると自負していた。
しかし、今いる場所は迷宮ではなかった。
石造りの荘厳な王城、そのバルコニーに彼は立っている。広大な広場を埋め尽くす人々は、歓喜と羨望の眼差しでテローを見つめ口々に彼の名を連呼するのだ。
「何を……その額輪は王に相応しくない」
その声に振り向けばミカルディス――アトルバスタの宰相が、満面の笑みで彼を見ている。その背後には“栄光の御手”の仲間が揃っていた。
「早く外しなよ、王様なんだから……窮屈だよ」
ぼそりと呟くタシャ・ネジャル―女傭兵は使い込んだチェインジャケットではなく、アトルバスタ近衛兵の礼装に身を包んでおり、無造作に背を流れる赤銅髪を纏め上げていた。
「よく似合ってますが……グロリア様、おめでとうございます」
普段と同じで表情は変わらないアル・ナーサフ――黒魔技は、畏敬の眼差しで彼を眺めており、身に纏うローブはタシャ同様アトルバスタの高位魔技の正装。その横には無惨な死を遂げた筈のライード・エリキュース――銃使が、仕立てたばかりらしい礼服に身を包んで佇んでいた。
「っ……!」
「何だ……お化けでも見たような顔だな?王様になったんだぞ、その額輪は合わないね」
テローは自らに絶句する。甲冑は歴代の王が身につけていた正装に代わり、剣ではなく権威の象徴である王錫がその手にあった。
ライードは両手を広げ歓喜の抱擁を――その感触と温もりは生きている人間の物としか思えず、混乱してくる。スェターナ・サートに赴いたのは現実の筈……これは、都合の良い夢か?
「夢ではないわ、現実なの。貴方はアトルバスタの新王……私の夫よ?」
純白の瀟洒な、婚礼衣装に身を包んだヴァタラは傅き、潤んだ目元の朱は明らかな昂揚を見せていた。が………何故、彼女が王妃で伴侶なのか?
「王妃様、お立ちになってください。さあ――民が暴動を起こさぬ内に」
宰相の命令に侍従長が恭しく捧げ持ってきたのは宝冠。ヴァタラがテローの額輪に手を伸ばす。
「栄光に至る“祝福”を御身に……」
彼女の物ではないテノールの声が決定的な科白を紡ぎ――パチンと音を立てて額輪が外れた・・・。




