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――――とく去れ!――――。
その音なき“声”と共に、タレーは白光に包まれ意識を失った。
頬を撫でる風と湿った土の感触に、助かったのだと安堵するが……身体を起こして絶句する。彼がいるのは丘陵の墓地に建つ廃館どころか、スェタナ・サートの――薔薇のアーチがある、入口の前だった。
手元にある依頼の品と仲間2人の形見の品が、現実であったことの証。助かったはずのリリアの姿もなく、タレー・デュオ只1人がそこにいたのだ・・・。
†††††
「《光輝》!!
閃光が死使の大鎌を粉砕し彫像を貫いた。
ビシッ!ピキッ!!固い何かが砕ける音がして、罅が走った彫像の表面がボロボロと剥がれ落ちていく。思いの外、使い手のいい黒魔技――リリア・テグレトールの身体に、ヴァタラ・ファウ――“栄光の御手”の白魔技は戸惑っていた。
鏡に引き込まれ死を覚悟した。
何者かの悲鳴に我に返ると、等身大の精巧な人形が彼女を恋人のようにかき抱いている。身動ぎ1つ出来ない、加減のない締め付けと口の中に拡がる血の味に、怒りを覚え、心の内で何かが弾ける……人形は一瞬にしてバラバラになった。
助かったと安堵したが階下の強い闇の気配に部屋を飛び出す。見ればホールに3つの人影――内2人は床に倒れ微動だにしない。残った1人も闇色の死使によって絶対の危機にあり、咄嗟に使った魔法は《風御使》。それによって、彼女は他者の身体――憑依か転移か不明だが――の中にいるのを認識し、混乱しつつも事態の収拾に動いた。
その結果、死使は消滅し彫像も損傷している。勝機の確信と現状への戸惑いが一瞬の注意を緩め、音のない“声”に対応が遅れる……。
――――ぞ。我が……聖女――――。
「!!」
ヴァタラはリリアの目を通して罅だらけの彫像の眼差しに捕らえられた。
――――応えよ、聖女。汝は誰ぞ?――――。
罅割れ破片を撒き散らす彫像は、彼女の間近に立ち睥睨している。視線が交わり、魂を貫く光槍――圧倒的な素養に打ちのめされた。
呆然と意識せず跪きリリアの声で禁忌――誓約の言葉を紡いだ。
――――汝、は?――――。
「貴方……御身を、軛から解き放つ者なれば……永久の――」
罅割れた冷たい石の指がリリア=ヴァタラの額に触れる。音という音が消え、彼女は繋がれてしまった。
その事実に気付いたのは、彼女の下に集い縋り付く悲痛な“声”。助けを求め、問い掛け、呪いの言葉を紡ぐ無数の音のない“声”が、彼女の魂を喰らおうと手を伸ばしたからだ。
気付いてしまえば、自らに降りかかる狂気に絶望するしかない。光のない闇の中に在って何も見えない。声もなく、呼吸すらもしていない。音という音も聞き取れず、石か何かのように身体は全く動かせなかった。
彼女の魂を護るのは貫いている光槍。光のない闇が意を決したように手を伸ばしては焼かれていき、大人しくなる。その間だけ安息を得られる……彼女――ヴァタラ・ファウは、その状況を狂うことも出来ずに甘受する。それしか術はなく、唯一出来るのは嘆くことだけだった・・・。
十字路の起点となる、剣と天秤を持つ女人像。向かって右……秤を持つ方の路を進んでいくと、鬱蒼とした森が見える。その中を進むと坂を登っているのに気付き、登りきった丘陵の奥に広大な墓地がある。墓地の中にはこの世界のものとは異なる様式の廃屋敷があり、人でない存在――死者の声や魔性などが集い巣くっている。助けを求め、問い掛け、呪いの言葉を紡ぐ存在達を呼び寄せる者こそが、ウルリーツァ・ドール――烙印の聖女と呼ばれる廃館の主人。彼女の嘆きを聞くことが出来れば迷宮への入口が開くが、出来なければ彼女によって魂を喰われてしまう……。
その噂が風に乗り人伝に拡がっていくのに、そう時間は掛からなかった。
噂を耳にし腕に自信のある冒険者は釣られるように、スェターナ・サートに赴いていく。一攫千金と名声を得るために・・・。




