烙印の聖女
題名変更
「ライード……」
「離れるな。何としても脱出するぞ」
ライードの残された左眼を閉ざし鏡の間を抜ける。鏡像の変化にも注意しつつテロー達4人は進み、巨大な鏡が行く手を塞ぐ行き止まりに出た。
左右も鏡であり元来た道を戻るしか選択肢はない。用心深く鏡を調べ戻ろうと背を向ける一行――殿のヴァタラの手が期せずして鏡に触れた。
次瞬、身体が強い力で背後に引かれ気が付いたときにはテロー達の姿が小さくなって……杖の転がる音に振り向くと、鏡が小さく光りヴァタラの姿がない。テロー達3人を写すのみだった。
『いいざまだね、どうだい――?』
『気分良いに決まってるさ……』
『“英雄”様だからなぁ――』
口々に囃し立て嫌らしい笑い声を響かせる鏡像の3人。鏡を破壊してもこの場所にいる限り、鏡像には勝てない……無力感に襲われ手にするライトメイスを床に置き、脱力したようにその場に座り込むタシャ――女傭兵。釣られるようにテロー達も座り、様子を伺えば呆れたように佇む鏡像。そこに、3人は勝機を見出した。
鏡像には違いないが、必ずしも彼等そのものではないのが明確になったのだ。
『諦めるの早いねぇ』
『つまんないわ?大したことないのね』
『当然だ――仮の“英雄”様だからなぁ』
『お終いにしようぜ。飽きた』
『賛成!何にする?』
『そうだな……』
楽しげな様子を伺いつつタイミングを計り、それぞれが自分以外の鏡像を本体の鏡めがけて攻撃した。
「往生際は悪いんだ!《覇王剣》!!」
「ヴァタラは返してもらうよ《雷霆鎚》!」
「我は招く……《魔霊王》!!」
驚愕の表情を貼り付けたまま鏡像は、バラバラになった。
曇り濁った破片は何も写さず床に撒き散らされ、鏡面を失い枠だけを残したそこには、光が届かぬ闇が渦巻き……闇色の手が無数に伸びて彼等3人を捕らえた。
「ヴァタラを見つけないと」
「覚悟はいいか?」
「何を今更……行くよ!」
引き込まれるのに任せ闇に落ちる“栄光の御手”。静寂の中3つの人影が呆れたように会話を紡いだ。
『行っちまった……』
『戻れないよ、もうねぇ?』
『いいじゃないか、彼等が望んだんだ。そうだろう?ライード』
破壊されバラバラになったはずの鏡は傷1つ無い。その上、オリジナルがいないにも関わらず鏡像は元の状態で存在し、鏡像のテローが呼び掛けた先に佇むのは、損傷が著しい辛うじて人型を保つライード・エリキュース本人。
『餞別だよ、ご武運を』
傷1つ無い鏡像のライードは茶目っ気のあるウインクし、右眼を指差す。無惨な状態でゆらゆらと佇むライードの、ぽっかりと空いた右眼の孔には血色の鉱石――に見える、“魔力喰い”と呼ばれる甲虫が嵌まっていた。 覚束ない足取りでライードは鏡の間を抜けて何処かへ去って行く。それを見送って鏡像の“栄光の御手”も闇に溶け込むように消えた・・・。




