哭鳴の白蝶宮
題名変更
『--見事だ』
音のない声が脳裏に響いた。
態勢を整えたまま睨み合うこと暫し……動いたのはほぼ同時だった。甲高い金属音と共にアクトのシャムシールが半ばから折れる。上体を左にずらし伏せるように見せかけて、無防備だろう背中に刃の欠けた得物を突き立て蹈鞴を踏んだところに蹴りをいれた。
上体を揺らすだけで踏み留めた族王は、左手のシャムシールを背後に向けて横薙ぎする--。
切り裂かれたのは頭布、零れたアクトの髪は宝冠のように煌めいて視界を奪う。乳酪にナイフでも入れるように、手応えも何もなくメレファ・ロームは驚きの表情を刻んだ民の首を跳ねた。
『後継であることを認めよう--覇王アクト・クラトル そう名乗るがいい』
倒れ伏す頭と胴が分かたれた屍体を見下ろし、安堵よりも後ろめたさを覚えるアクトだったが……紡がれた科白に息を飲んだ・・・。
†††††
『よくやったね? 美織』
その科白と共に現れたのはスーツに身を包み、愛しむような笑みを湛える見忘れるはずのない男性だった。周囲は淡い光に溢れる、上も下も境も何もないどこまでも拡がる白い空間--召喚された最初の場所。彼女はそこにいた。
「パパ……じゃない!」
思わず飛びつきそうになって踏みとどまると、美織は目元を真っ赤にして男性を睨み付けた。
「--世界と言ったわね? その姿は止めて!! もう騙されない!!!」
美織の絶叫に、彼女の父親--篠頭勇司の姿をした“世界”はぶれるように、水に滲む墨や絵の具のように輪郭が崩れていった。縮むように背が低くなり比例するように横へ広がって……現れたのは1m位の大きさを持つベルベットの手触りが優しい、真っ黒な親指ほどの胡桃釦が愛くるしい瞳のテディベアだった。
『さて……こんなものか? クルヴァーティオ浄化は成功した、安心するといい--!?』
大声で少女は泣き出し“世界”は困惑するしかない。首と胴が千切れそうになるほどの締め付けに、どうすることも出来ずそのままでいるしかなかった……。
◆
『臆することはない、魔王は元勇者した者ばかりだ』
涙でドロドロになったテディベア--“世界”は、ごわごわの質感に頓着せず、ない首を傾げ淡々と告げた。
『この世界は迷宮がなくては成り立たない だが、管理者が存在なければ“理”が歪み崩壊へ至る--迷宮のクルヴァーティオ化は、その先触れだ』
「……魔王にならなかったらどうなるの? “理”が歪むってどういうこと?」
『歪みを修正するために“理”は生命を、足りなければ世界そのものを消費する--簡単に言えば終焉が訪れるということ そして、“理”は自壊し消滅してしまう』
苛立たし気な視線を“世界”は彼女に向けた。
『浄化が成功したとは言え、このままなら砂漠は砂だらけの不毛の地となり、“理”が修正する前に終焉を迎えるかもしれないんだ! 選択肢はないんだよ、勇者?』
思い浮かばない……