魔王の晩餐
閑話ではなく本編の1つ……会話文での進行がメインです
「はぁ……」
手の中の羊皮紙をくしゃくしゃにして背後に放り投げると、スプリングの効いた椅子に背を預けて眼鏡を外し目元を押さえる。筆圧が強いのかペンが引っかかり、インクが飛んで何枚も駄目にした。
「又、叱られるか……ん?」
高い天井のフレスコ画を深い溜息を付いて眺めていると、ごく小さな鈴の音が耳に付く。執務席を離れ等身大の鏡の前に立つと、鏡面に細波のような波紋が現れては消えた。
「久々だのう……《扉よ、開け!》」
皺だらけの手を鏡面に伸ばし短い呪句を紡ぐと、波紋が大きく鏡面を揺らし、黒衣の老人はその中に消えた。
程なくして老人に仕える秘書が入ってきたが、執務室は無人。書き損じと書きかけの羊皮紙にこめかみを押さえた。
『いい歳をして……魔王ともあろう方が!』
悪魔としか形容しえない姿をした秘書は使い魔。ヘレシャー・グァナン――“断罪の庭師”の呼称を持つ魔王に仕えており、政務を放棄した黒衣の老人こそが魔王その人だった・・・。
†††††
「来たね、爺様」
顔の半分を覆う仮面を着けた黒衣の青年、リコフォス・キニゴス――“黄昏の猟師”の呼称を持つ魔王が手を上げた。
「爺は余計じゃぞ……怠け者め」
「元気だね爺様。呼んだのは僕だよ?」
次いで姿を見せたのは黒髪黒瞳の少年、クルム・メレフ――“虚無の君主”の呼称を持つ魔王。
「主じゃと?何の用かの……」
「あれ、最後?」
頭を掻きながらやってきた、どこから見ても農夫にしか見えない小父さん。先に来ていた3人の魔王が呆れた溜息を吐いた。
「魔王の自覚……ないよね?」
「元から農家だぞ、仕方ないから魔王してるんじゃないか……」
腹立たしげに指を鳴らし野良着を黒の長衣へ変化させた中年男は、タム・ピラゥト――“無邪気な略奪者”の呼称を持つ魔王だった。
「今回は4人だね?じゃ、始めよう」
スェタナ・イェスチ――“魔王の晩餐”は、情報交換と交流のために亜空間とも言える場所に立ち上げられていたツールで、シア・スェターナ――下級魔王専用の掲示板として機能している。魔王の誰かがテーマを投げかけ、都合のついいた魔王達が集う場所なのだ。
そして今回、クルム・メレフの主催に集まったのは常連と言える魔王達だった。
それ為か、深刻なテーマは最初だけで愚痴と雑談がメインとなり、いつまでも話題が尽きることはなかった・・・。




