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次は勇者か……?
「精霊……?」
目の前に在るのは虹彩の長衣に身を包んで諸手を広げる女人……小さな魚の群れが戯れるように巡って消えた水の塊。“精霊”とは何だろう? 滅多に感情を高ぶらせず知る者が皆、冷静沈着だと評するティーダは困惑を隠せずにいた。
--何を惑う?--。
人間のように小首を傾げ不思議そうに問い掛けてくる。
「……精霊とは何だ?」
だから聞いてみた。
--古より在りて“万物”の一端 “理”に添いし我は末端にして守護者 契約にて魔力を振るう存在--。
水塊の女人は随分と人間染みた仕草で微笑った。識っているのは昔語りとして謡われた幾つかの口伝、その中に“精霊”というものはなく……素養を持たぬティーダには確かめる術もない。だから、口を噤み決意した。
「--俺は素養を持たない、それゆえにこの結界がなければ声も姿も分からぬ そなたが言う通りの存在であろうとなかろうと、只人には過ぎた話だ! 頼るは自らの技量と砂漠の民としての矜恃!! 聖域を守るのは俺の……砂漠に生を受けた者の意思、結界を解け!」
--我を望まぬか?--。
「俺は“砂塵の鷲”族長フロリネフ・サクルの長子ティーダ・サクル 素養を持たぬ只人ゆえの愚行と諦めよ」
--我を、精霊を望まなかったのは除けば唯1人 名は……アファ・サムと言うたか?--。
暫しの沈黙の後紡がれた科白にティーダは目を見張った。
「!?」
--有り様は違えど同じ光を持つ者よ、汝を契約主と決めたぞ!--。
ブツンッ! 全身を熱を孕んだ空気が包み、強烈な殺気と剣風がティーダに襲い掛かった。結界の消失に直ぐさま反応するが、感覚のズレに為す身体が付いていかず死を覚悟した--が。
Gixigyaaaxaxa……おぞましい絶叫と肉が焦げる臭いが大気を染め上げた。しかし、ティーダの周囲だけは清浄でひんやりと冷たい空気に包まれ、サイフファールは焼け焦げながらのたうち回っていた。
--我は仇なす存在を討ちて契約を護る者 ティーダ(アルジ)よ、我はダムナティオ・イリレーヌ--“断罪の虹妃”! 契約は成った、共に在れ--。
キラキラと水塊の女人--精霊と名乗った存在は虹色の閃光となり、それは螺旋を描きながらティーダに……正確には手にしているクリスダガーに吸い込まれていった。
◆
大量の砂を巻き上げて巨躯が崩れ落ち、理不尽に殺された砂漠の民の屍体はサイフファールと共に砂に呑まれ静寂に満ちた。
枯れることなく湧き出る泉の水は澄み、砂の大洋は何処までも果てしなく広がっている。白昼夢でもあったかのように惨劇は欠片すらもなく……しかし、クリスダガーの変容に白昼夢でも何でもなく、現実であることを証明していた。
一切の装飾もないミスリル銀のクリスダガーは、びっしりと印章が刻まれている刀身に、何色にも見える虹彩の光を焔のように纏って妖しく輝く。その変化を除けば水塊の女人の姿もなく音なき声も聴こえない--ヴァスリーサ・マクルにいるのはティーダ唯1人だった・・・。
(^^;)