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難しい……
「……」
砂塵を巻き上げて幼虫は崩れ落ち、動かなくなったが粘度のある体液でシャムシールはその鋭さを失った。
一息つき魔道具の結界を張った途端、静電気が走るように雷光が煌めく。結界が反応したのと耳障りな羽音が渦巻いたのはほぼ同時だった。
真っ二つに切断された幼虫は乾いた音を立てて塵と化し、這うように吹き抜ける風が運ぶ砂と共に巻き上がると--魔妖蝿と呼ばれる魔獣に変じた。
一体ではなく小麦ほどの体長を持つ妖蝿の集合体。それは、植物を除く生き物に集って蛆の巣にし、生きながらに腐り果てさせる腐敗と死の象徴と恐れられる--厄介な存在だった。
魔法と違い魔道具は壊れない限り効果を発揮し、魔法ではないので結界内からでも攻撃はできる。しかし、いつまでも結界の中に留まることは出来なかった。
「勇者殿を迎えねばならぬ……」
アクトは口元を覆い灯火に使う樹油を周囲に撒く。火口を切ったのは火属性が弱点だからだ。
魔道具を踏み壊し結界が消滅--一斉に襲うマレフィキムーソは一気に燃え上がる炎に焼かれ、藻掻くように離れ千々に散らばった。が……追い払っただけなので、再び集い渦巻いて猛禽の爪を持つ巨蝿を形作るに至った。
『Gugaaxaxa--!!』
擦り合わされる羽音は咆吼となり、それを合図に魔獣はアクトに襲い掛かった・・・。
†††††
『……素養さえ扱えれば、魔法に拘る必要はない。僥倖に感謝するといい』
身体中が燃えるように熱く目の前がグルグルと回った。
酷い口渇とバクバクと鳴る鼓動に、何が起こったのかも分からず混乱し意識が遠のいていく。“死にたくない!”そう思った瞬間、落雷のような衝撃を受けて脳裏を過ぎったのは、音ではない“声”だった……。
◆
(この感覚……)襲い掛かるマレフィキムーソを伏せながら躱し、起き上がり様にシャムシールを一閃する。無意識の内に素養を乗せた斬撃は、猛禽の爪を追い払うのではなく塵に帰す。手応えにアクトは躊躇わずシャムシールを振るい、程なくしてマレフィキムーソは弾けるように消滅した。
『…ぉぅ』
『あぁ--』
『けた……』
『助…け……』
シャムシールを鞘に収め息を付いた。
顔を上げると陽炎のように揺らぐ死者の影がぐるりと取り囲んでいる。射るような視線に乞い願うような光が絡み、アクトを見つめていた。
『……肉を』
『寒いの……肉、を』
『頂戴--欲しいのぉ!』
『『『『くれええぇぇぇっ!』』』』
音のない幾つもの絶叫に応えるように、砂塵から滲むように立ち上がったのはマウト・セヴェリオ。一糸乱れぬ隊列を組むスケルトンとその間を埋める亡霊に、悼むための黙礼し素養が満ちる感覚を追った・・・。