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引き続き投稿
『大したものですね、魔王様』
「当然だよ、“英雄”候補の最有力だったんだ。マクヴァラ・アルーシュ――“霊廟の玉座”の魔王が、期待してんだから」
話を促せば、東の端にあるアトルバスタ。そこに在る迷宮の管理者、ティディエ・ディーアル――中級2位の魔王が注目していたらしい。今いる“英雄”は、彼の魔王の迷宮に1度も足を踏む入れたことがなく、彼は落胆して半ば引き籠もっている……そう告げられた。
「僕より長くて上位の魔王だから先ず接することはないけど、最低限の知識として各魔王や迷宮のことは一通り把握してる」
『だから……助けたと?』
「あれだけの活躍だもの。それにねぇ、無事に帰還させないと招待じゃないよ?」
『――目覚めたようです』
†††††
「ぅ……えぇ!?」
「こ、れは……」
肌に優しい感触に微睡みから弾かれたように飛び起きたヴィクトール一行。見回すと宿泊所とは全く様相の違う室内にいた。
ベッドと言えば固いのが一般的だが、彼等が横になっていたベッドはやんわりと体重を受け止め寝心地が良かった。
その上、使われているシーツや肌掛けは薄いにも関わらず、肌触りは優しくしなやかだった。
『目覚メタカ……案内スル。魔王様、待タレル』
音ではない固い“声”がした方に顔を向けると、そこにいたのは3歳児くらいの幼子を模した人形だった。
フリルとレースがふんだんに使われたドレスを纏う人形は、不器用にお辞儀をした。
『魔王様、待タレル。案内……来ル』
顔を見合わせる一行だったが、魔王でなくても相手を待たせるのは、礼儀に反する。トコトコと歩く人形について行くと、箱形の空間が現れた。
『大丈夫。コレ乗ル……送ル』
警戒しつつ乗り込むと入口が閉まった。
小さい振動と唸るような音、ふわりと浮く感覚に思わず叫びそうになる。ピーン!聞き慣れない音に合わせて入口が開くと、テーブルと椅子が幾つも配置されたホールが現れ、一行はその中にいた。
「よく眠れたかい? 食事を用意したよ。食べ慣れないだろうけど、使ってるのはこの世界の食材ばかり……後で感想を教えてくれると助かるよ」
魔王は饒舌に自らテーブルに案内すると、姿を消した。
唖然とする彼等の前に食事を運んだのは、メイド服を着た妙齢の女性を模した人形。並べられる料理は出来たてで、見慣れないものばかりだが宮廷料理のようだった。
『魔王様の心尽くし……招待客をもてなすのは、当然のことですから。ごゆっくりお楽しみください』
戸惑うヴィクトール達の前に現れた道化師は優雅にお辞儀をした。
警戒しつつ口に運んでみれば、味や食感の良さに思わず唸ってしまう一行。
焼きたてパンはふっくらと柔らかく、バターとジャムが添えられていた。
新鮮な野菜を使ったサラダと瑞々しい甘みの強い果実に、野菜のポタージュは共通。ヴィクトールとヴァルクは肉料理、ジンシィとハラーラは魚介料理、ティネは小麦ではない穀物と魚介を使った料理と異なっており、細い柄を持つ透明なグラスを彩るワインが、食欲を誘った。
食べ終えるとメイド服の人形が食器を片付け、最後に出されたのは濃い褐色の飲み物と、白く冷たいデザートだった。
『これは珈琲、こちらはアイスクリーム。お気に召せば幸いです』
美味しい料理を堪能し人心地が付いたヴィクトール達の前に、魔王が姿を見せる。
「中々の食べっぷりだったね、もう一日位休むと疲れが取れるよ?」
「……そうはいかない、我々は攻略できなかった。冒険者である資格はない」
ヴィクトールの言葉に固くなる一行。あの場所からは脱出できたのは魔王が気紛れを起こしたからだ。
こうして歓待されたのも気紛れ以外の何物でもなかった。
「僕は、純粋に君達みたいな冒険者と出会えたのが嬉しくてねぇ。気紛れでも何でもないし……始めから、生還させるつもりだったんだ。でなきゃ、招待なんてしないよ」
屈託のない魔王に何度目になるのか分からないが、唖然となる。この依頼を受けた時点、いや、ショフェール・クファルに立ち寄った時点から、魔王ラフマ・キナウの手の内にあったのだ。
「まさか、真っ向勝負であそこまでいくとは予想外だったけど……生還者には、お土産を1つ渡すことにしてる。これ――呪いなんてないし、《祝福》もしないよ? おめでとう!」
渡された品物にヴィクトール達は絶句するしかなかった。
それは、現“英雄”テロー・グロリアが常に身に付けていた獅子吼の額輪だった・・・。




