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『稀に見る……強運だな』
さほど大きくないオアシスに伏せる2つの人影を眺め、音のない声が夜気に溶けた。
夜のガドル・パーディアを行くのは生を厭い死を望む行為でしかない。灼熱の昼と訣別し、夜を選択した砂漠の生き物達が闊歩する時間だし……砂漠の民でさえ油断すれば命を落とすのだ。
砂漠のどこからでも見ることのできる廃墟群の管轄者--魔人シャリ・アハにとっても夜の砂漠は、実用を兼ねた趣味である散歩をするのに、うってつけの時間だった。
いつものように、砂丘が崩れ砂の流れる音や砂漠の生き物達の生を謳歌する気配を楽しんでいると、騒がしい気配が大気を振るわせた。
興味を引かれそちらへ意識を向けた途端、人が持つには尋常でない素養が閃光のように弾ける。視界に入ったのは砂に沈み行く駱駝と息絶えた男達、そして幼い子供と女だった。
纏う素養は純度が高く質がいい--上手く育てば、一角の存在になるのは明らかだった。が……ガドル・パーディアでは素養を持つ者は珍しくないし、過酷な砂漠で生き抜く術を持たねば何の価値も見いだせないのだ。
『早々に……ふむ?せっかくだ、少しばかり手助けしようか』
荒い息を吐きながら耐えるように蹲る幼い子供は、自らの素養に命を削られていく。本来なら生まれて直ぐに魔技か聖職者の下にいる筈……だが、見出されず危機に瀕したことで覚醒したらしい。
魔人シャリ・アハは無造作に小さく震える頭に手を乗せると、小指の爪ほどの--人とは比較にならぬ素養を流した・・・。
†††††
「き、消えた……」
実兄のシャムシールが貫いたのは長外套のみ。いる筈の義弟と勇者の姿はオアシスにはなく、暗殺者の屍体が転がるだけだった。
何のトリックだ! 魔法なのか!! 混乱しつつもオアシスを見回るがどこにも2人の姿はない、初めから存在していないかのように……。
◆
「気配がない……前もそうだった」
美織は林立する高層ビル群の中を行く。曲がりもせず真っ直ぐに突き進むのは、崩れていくビル群が奥に行くほど多いからだ。
同行するのは砂漠の民の青年……前回よりも今回の方が安心感は大きいのは、魔王シャハルークス・エリラーから授かった甲冑のせいもあるだろうが、絶対の自信と覇気というのか信頼できる何かを、次期族長は美織に抱かせていた。
「!?」
進むにつれてビルの産み出す影は薄れ光に満たされて--突如、どこまでも深く濃い光の全くない闇の中に放り込まれる。落ちていく感覚に危機感を抱くと、羽でも生えたかのようにスピードは緩み程なくして堅い床の感触を、足裏に感じた。
見回しても真っ暗闇であり、同行している筈の青年の姿も気配も感じられなかった・・・。