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「!!」
砂手に足を取られて、駱駝は躓きそのまま飲み込まれていく。振り落とされた2人の内、女は遠くから砂煙が近付いてくるのに気付いて息を飲んだ。
砂手は駱駝一頭で満足したらしい。砂漠を吹き抜ける風もパタリと止み、砂煙は大きく近付いてくるのが見えた。
冷たい月光の照らす先にオアシスがある。砂漠で足を失えばそれは致命的だし、辿り着く前に捕まるのは目に見えていた。
オアシスに辿り着けたにしても、現状で逃げることは叶わない……遅いか早いかの違いだけだった。
「坊や……覚悟しなさい」
呟いて護身用に身に付けていたダガーを抜いた。
白刃は月光を千々に刻んで2人の周囲がキラキラと輝きに包まれる。驚いたのは女と奴隷商人だった。
青王都ディアルトから逃亡した女と子供を連れ戻すために、駱駝を駆り夜の砂漠を渡る。膂力やスタミナを考えれば、追いつくのは時間の問題--奇しくも遙か前を行く駱駝が体勢を崩すのが見えた。
そのまま駱駝は砂手に飲まれ、足を失った逃亡者を捕まえるのは容易いこと。その時までは信じて疑わなかったのだが……。
「ひ……っ!」
女は腰を抜かしガチガチと歯を震わせる。砂の上とは言え、駱駝から振り落とされ気を失っていた筈の幼子は、しっかりと目を開けて彼女を見つめていた。
少女と見紛う作り物めいた白貌に表情はない。金色かがった琥珀の双瞳に宿るのは--。
「な、なんだ……う?」
「わあぁぁぁ……!?」
魂切る悲鳴が凍てついた夜気に溶け、撒き散らされた血は砂の大洋が一滴も残さずに飲み干す。満足したような吐息が、どこからかしたのは錯覚か?
「だい、じょう…ぶ、だよ?」
舌足らずなたどたどしい声音で、幼子は科白を紡ぐ。邪気のない笑顔に彼女は更なる恐怖を抱いた。
「ち、近付かないでおくれ……ひぃ!」
「あ、あぶな……い、よ?」
伸ばされる手を払い離れようと身動ぎした瞬間、背後の砂が何の前触れもなく大きく立ち上がった。
ザアザアと砂の雨が降り注ぐ。現れたのは灼熱の昼を避けて夜に活動する砂漠土竜--土と砂の違いはあるが巨大なだけの土竜だった。
ズブズブと砂の中に引き込まれる感覚は、全身を襲う激痛に塗り替えられた。
本来ならそのまま流され餌になるはずだったが、彼女はオアシスに辿り着いた、幼子と共に・・・。