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『見た目と言うのは、実に重要だ。我はそのお陰で己が姿を持たぬ……いや、忘れてしまった』
ごく普通のどこにでもいるような“彼”は素養を持っていた。
最も、能力としてはささやかなものだったが、彼”がいる場所では希有なことだった。
土地を満たす魔力が薄いため実る作物は少なく日々の糧にも事欠く、出稼ぎすることでやっと生活ができる寒村--そこが、“彼”のいる場所だった。
人の生活は迷宮と共にあり遠ざかるほど、地域の発展繁栄のスピードは落ちた。
そして、魔王が不在によるクルヴァーティオ化は、周辺地域に多大な影響を及ぼし、日々の生活を人から奪うことだった。
そのため、召喚された勇者はクルヴァーティオ浄化を行い、魔王として新たな迷宮を作り上げる。が……前の迷宮を雛型としながら、同じ場所に作ることはなかった。
クルヴァーティオの影響下にある地域の何れかに作るのが通常なため、新しい迷宮から遠ざかり取り残される場合も多く--“彼”がいる寒村はそうだった。
供給源がなくなれば、土地に満ちる魔力は時の流れと共に減少し枯渇する。素養を持つ者--魔技は、魔力が満ちる場所を探し見つけ、村に魔力を引き込むのために必要とされてはいた。
しかし、人の素養で出来ることは僅かなため、頼りにはなるが信用が置けない存在とされている。それゆえ“彼”1人が素養を持っていると言う事実は重く、村を離れざる得なかった。
結果、あちこちを彷徨い落ち着いた先は学舎で、魔技として最弱に近いことを識り、己が醜いのだと知らされる。が、“彼”は挫けず研鑽に努めた。
助けたのは右も左も分からぬ“彼”を助けた、醜いことを教え励ました友人--そう信じていた信じていた魔技は、“彼”の研鑽を己がものにし、“彼”を否定された。
(認める者はいないよ?醜くくて馬鹿なんて諦めろ--残念だったね)その科白と嘲笑に“彼”は道を踏み外した。
己が姿を素養で変え、他人を写し、生命をも奪い……気付けば、本来の“彼”は失われていた。
そして、知っている筈の者達は、自らが心の内に秘める存在を“彼”に見出した--。
『我はな、秘めたる--正負問わず最も強い感情を形とするのだ、己が姿形を失ったがゆえに。砂漠の民族長フロリネフ・サクル--汝等が崇敬する族王アファ・サムに劣らぬ者よ、巻き込まれぬ内にとく去れ!!』
閃光が走り光芒が膨れ上がった。
動かぬ大気が震え砂塵が巻き上がる。身体中を叩く砂の雨に顔を顰めつつ、いる場所を確かめて絶句した。
「父上--長よ!どうなされたのです?」
「ご無事で……?」
口々に声を掛けてくるのは彼の息子と弟、砂塵と共に帰還した彼に、状況が飲み込めず混乱しているのは明らかだ。が……砂漠の民“砂塵の鷲”族長フロリネフ・サクル自身が、混乱し答える術を持っていない。確かなのは、砂漠の直中になる廃墟群から一瞬にして、ヴァスリーサ・マクルに帰還したという事実だけだった・・・。