壊恨の魔人
「礼を言わねばなるまい……」
砂王都アディリザの老王カディスは膝を付く砂漠の民に声を掛ける。20数年に渡り不法に占拠されていたヴァスリーサ・マクルは、青王都ディアルト崩壊により砂漠の民の手に戻った。
しかし、街の民と形容されるアディリザの民人の中で、砂漠で生活出来る者は多くはない。特に若い世代は知識として知っていても、実際に生活した者は皆無と言えた。
又、隊商氏族はガドル・パーディアを行路とするだけで、生活しているわけでもない--ヴァスリーサ・マクルは砂漠の中にあり、聖域として守っていく事ができるのは、必然的に“砂塵の鷲”以外に存在しなかった。
「今や、砂漠の民と呼べるのは其方等のみ--我等では守り切れぬ。アディリザそのものも、我同様に老いた……新しき王が必要だ」
思わず顔を上げる族長フロリネフ。視線の先には一回りほど小さく感じる老人が、蹲るように玉座に腰を下ろしていた。
その傍らの重臣も疲労を色濃く滲ませて佇むのみ……。
「アディリザそのものも、我同様に老いた……新しき王が必要だ」
「王都があれば民人は生活できましょう。ヴァスリーサ・マクルの奪還により、貴方は英雄視されている……」
見回せば、王の間にいる誰もが色濃く疲労を滲ませて佇むのみ。懇願の色を強く滲ませて王の眼差しが、真っ直ぐに族長フロリネフを見つめていた・・・。
†††††
「--無事を祈る」
廃墟群に消えた勇者一行を見送り、“砂塵の鷲”族長フロリネフ・サクルは呟いた。
魔王不在が確定しなければ召喚されない勇者の出現は、フスーフィリ・カルクルがクルヴァーティオ化した証拠だった。
現在起こっているガドル・パーディアの異変に比べれば、青王都ディアルトの崩壊は取るに足らない出来事でもある。だから、老王カディスへの回答は先延ばしにした。
ヴァスリーサ・マクルを守るのは彼の弟、アディリザを警護するのは彼の養子--どちらも、優秀であり頼れる存在。それゆえ、族長フロリネフは勇者の道案内を買って出たのだ。
実際は、砂王都アディリザからの申し出をじっくりと考えるためだったが……。
「!?」
陽射しを避けるように、天幕を張り人心地をつこうとした族長フロリネフのダガーが、振り向きざまに振るわれ背後の影はのけぞるように遠ざかった。
『さすがよな?砂漠の民を束ねるだけはある』
「人……魔人か!」
右手にダガー、左手にシャムシール--瞬時に戦闘態勢を取る砂漠の民に、うっすらと笑みを吐く人影。
『敵ではないぞ。我が領域にようこそ、正統な砂漠の民“砂塵の鷲”族長フロリネフ・サクル殿』
滲みが濃くなり実体となった人影に目を見張った。
『我が名はシャリ・アハ--アトラールの主。新しき王に祝福を宣べに来ただけだ』
にっこりと笑みを貼り付けたまま礼を取るのは、残された絵姿から抜け出たとしか思えない存在。砂漠の民歴代の中で、最も英傑と讃えられた族王アファ・サムだった・・・。