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「--魔王不在が確定したわ」
天空の迷宮サラーヴ・ダヴットの管理者、シャハルークス・エリラー--“暁光の神女”と呼ばれる魔王は小さく呟く。秀麗な眉を寄せ、眼下の廃墟群を眺めていた。
ガドル・パーディアは、静寂に支配された只の砂漠となった。
砂の大洋を生活圏とする人々や少ないながらも存在する冒険者達を始め、隊商氏族や砂漠の民でさえ、砂漠を行くことを良しとせず……息を潜めて死の到来を予感させる夜を厭い、灼熱の昼を誰もが求めるようになった。
そして、秩序や法は生命の危機という大義名分により、軽視されるようになったのだ……。
変わって行き交うのは各迷宮を管理する魔王達の従者。人ならざる存在達は、些細な情報すら見逃さず集め、情報を交換し合ってはせわしなく報告に向かっていた。
バルコニーに佇む魔王シャハルークス・エリラーは、背後に控えている人ならざる存在に視線を流した。
喉が絞められるような呻きを上げて、廃墟群の主シャリ・アハは身体を硬直させる。僅かな身動ぎさえ、死に直結するとしか感じえない“殺気”が、少女--の姿をした魔王から放たれたのだ。
「報告で知ったんだけど、勇者なのに貧弱なのよ装備が。だから、見守ってくれない?勇者を居城に呼びたいし--」
魔王は咲き誇る花のように笑い、畏怖と絶望の念をシャリ・アハは抱く。不意に消失した“殺気”に安堵し、己が領域に帰還した・・・。
†††††
「アトラールまで同行しよう」
「私は貴女と一緒に。勇者殿には万全の状態で、フスーフィリ・カルクルに赴いてもらわねばなりませんから」
“豪腕の獅子王”が自称勇者と対峙しているのとほぼ同時刻。うら若き勇者は廃墟群へ向かうために、“砂塵の鷲”の天幕を出発した。
道案内は族長フロリネフ。聖職者シャルが行けるところまで同行し、隊商氏族から雇い入れた赤魔技と傭兵の2人は、廃墟群の主--魔人シャリ・アハを足止めするのが役目だった。
総勢5人は灼熱の昼と極寒の夜を避け、早朝と夕暮れの間を行く。そのため、到着に3日を要した。
「--静かね?」
「無事を願う……」
フスーフィリ・カルクルからの生還を考えれば、道案内がいないと帰還は困難を極める。どの場所にオアシスがあるのか?どの方角に向かえばいいのか?ガドル・パーディアを知り尽くす砂漠の民でなければ、迷った挙げ句に死を迎えるのは確実だったのだ。
それゆえ、族長フロリネフは廃墟群には立ち入らず、建造物の影になる場所に天幕を張った・・・。